幸せの国ブータンの食卓で見た「幸せの現実」 「毎日同じ夕食でも幸せ」と話す深い意味
東洋経済オンライン / 2024年5月27日 12時0分
国として、経済基盤は必須であり、ブータンも当然経済発展は心がけている。しかし仏教国としては、経済発展が究極目的でないことは、経済基盤が必須であることと同様、自明のことである。そこで仏教国の究極目的として掲げたもの、それがGNH「国民総幸福」である。(中略)この充足感を持てることが、人間にとって最も大切なことである。私が目標としていることは、ブータン国民の一人一人が、ブータン人として生きることを誇りに思い、自分の人生に充足感を持つことである。
ブータン 変貌するヒマラヤの仏教王国(今枝由郎著、大東出版社)
生きることを誇りに思い、自分の人生に充足感を持つこと。まさに、田舎の村で出会ったエマダツィ続きの食卓、そのものだ。「今日もいっぱい働いた、ご飯とエマダツィがうまい」と充足感と誇りを感じて生きられたら、毎日違う料理を作らなければと自分にプレッシャーをかけたり、料理のバリエーションに不満を感じことなく、充たされるのではなかろうか。
進歩する社会と変化する幸せ
しかし、ブータンも変化してきている。
インターネット解禁以降の急速な情報化。インドからの輸入増大。コロナ禍以降はオーストラリアに出稼ぎに出る若者が急増し、2022年7月からの12カ月間で1万5552人のブータン人が豪州就労ビザを得た。これは人口70万人強の国にとって大変な人数で、頭脳流出・労働力流出が深刻な懸念となっている。国際化と情報化の時代、山で外界から閉ざされたヒマラヤの小国でも、外界と関わらず独自路線で生きていくことはできないのだ。
知ってしまったらエマダツィだけでなくピザも食べたいし、触れてしまったらiPhoneがほしい。スナック菓子はかっこいいし、出稼ぎに行っている親戚が語る食事はバラエティ豊富だ。急激な社会変化の中、旧来的な価値観と流れ入る価値観の間で、苦しみながら道を探している。
最後の日に空港に送ってくれた若者は、ブータンを誇りに思いながらも「もっと稼げるしみんなが行くから僕も行く」とオーストラリアへ移住を決めた。胸に渦巻く複雑な気持ちは言葉に結実せず、彼が彼なりの幸せを見つけることを願う他なかった。
私も足るを知るで生きられたらいいなと思うけれど、情報がこれだけ入ってくる時代にどうして「ああこれで満足」と思えるだろうか。特に食に関して言うと、日本ほど諸外国の料理が家庭で作られる国もめずらしい。あれもこれも作りたい、昨日と違うものを作らなきゃ。「今日もご飯と味噌汁で満足」と思えたらいいけれど、知らなかった時にはもう戻れない。おいしそうなレストランの料理写真を見たら「あのお店行ってみたい」と思う。
情報化社会は、幸せを感じにくいのかもしれない。かと言ってスマホを手放したらそれはそれで非常に困るし、難しい時代だ。
参考文献:
熊谷誠慈, ブータンにおける仏教と国民総幸福(GNH)(<特集>しあわせと宗教), 宗教研究, 2014, 88 巻, 2 号, p. 263-290
今枝由郎, ブータン 変貌するヒマラヤの仏教王国, 大東出版社
The Australia Reality, The Bhutanese, Jul 2023
岡根谷 実里:世界の台所探検家
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