「ひとり死の先輩」を看取って考えたシングル社会 最後の言葉は「自宅でこのまま死なせてほしい」
東洋経済オンライン / 2024年5月27日 10時0分
未婚率全国トップの東京23区で進む「日本の未来」とは。孤独担当大臣も知らない、35歳から64歳の「都市型」の自由と孤独に焦点を当てた『東京ミドル期シングルの衝撃:「ひとり」社会のゆくえ』が上梓された。同書の著者の一人である酒井計史氏が、親密圏や「弱い絆」の具体例から、シングル社会が抱える課題を読み解く。
月に一度の長話を3時間正座で聞く
「自宅でこのまま死なせてほしい」。これは、私(筆者)が約10年前、大学院生時代から約20年住んでいた間借りの部屋の大家のKさんらしい最後の言葉であった。
Kさんは、昭和11年の東京生まれの東京育ちの未婚シングル男性であった。ご両親と杉並区の一軒家に暮らしていたが、ご両親を亡くされた後、勤めていた会社の役員ポストを最後に早期退職し、築50年の一軒家の2階の2部屋を大学生に間貸しして、悠々自適に暮らしていた。
Kさんは悪い人ではなかったが、少し虚栄心の強いクセのある人だった。サラリーマン時代の営業の武勇伝から、剣道の心得、邪馬台国四国説、仏教における悟りまでと、自分の幅広い興味中心の話題で、話しだすと止まらない。
月に一度、賃料等の支払いで1階のKさんの居室に現金払いに行くのだが、そこでは必ず長話となる。20代の若者が毎月それに耐えられるはずもない。
それだけが原因ではないだろうが、北側の部屋に入居する大学生・大学院生は次々と入れ替わり、やがてKさんの物置となった。南側の部屋に入居した私は2・3時間正座で黙って人の話を聞いていられるという特技のおかげで、Kさんが亡くなるまで約20年間居すわり続けた。
月に一度長話にお付き合いしなければいけないが、Kさんはこちらのプライバシーには決して干渉してこない。Kさんとは丁度良い距離感で約20年間、それ以上でもそれ以下でもない関係だった。それは、地方の郡部出身の私からすれば、ずっと都会っぽい人間関係であって、実家の親族・近所付き合いよりずっと弱くて、ずっと気楽な関係だった。
Kさんは風邪ひとつひかないような健康な人だった。しかし、80歳をむかえる年の9月、買い物帰りに転倒して、救急車で病院に運ばれ、入院を拒否して自宅に帰って来る、そういうことが何度か繰り返されるようになった。
Kさんは仏教思想に傾倒し、終末期医療のあり方には大いに疑問を抱いていた人だったので、私からすればKさんが入院を拒否するのは、当然のことと理解できた。
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