加藤和彦のいったい何がそんなに凄かったのか 映画「トノバン」に表れる先進と諧謔と洗練
東洋経済オンライン / 2024年5月31日 11時40分
「先進性」「諧謔性」「洗練性」――これをさらに一言でまとめると「自由」だ。加藤和彦はつまるところ、徹底して「自由」の人だったと思う。
若き拓郎をあっと驚かせた加藤和彦
この連載では2年前に、「『吉田拓郎』のいったい何がそんなに凄かったのか」という記事を寄せた。少し長いが引用する。登場人物は1970年の若者たちだ。
――彼(女)らには、歌謡曲や演歌、GS、カレッジフォーク、反戦フォークなどが、どうもしっくりと来ない。そこに吉田拓郎という青年がやってきて、これまでに聴いたこともないようなコトバとメロディで歌い出した。若者たちは熱狂した。熱狂するだけでなく、自らもギター片手に吉田拓郎の歌を歌い始めた。荒れ地は肥沃に耕され、新しい若者音楽の陣地となった。
その吉田拓郎にアコースティック・ギターの名器=ギブソンJ-45を譲り、『結婚しようよ』(1972年)のサウンドプロデュースを手がけ、アイデアフルな音作りで、若き拓郎をあっと驚かせたのが加藤和彦なのだ。
上の引用文になぞらえていえば、吉田拓郎青年に、向かうべき荒れ地を指し示したのが加藤和彦だったといえる。
ここで驚くべきは、その吉田拓郎よりも、加藤和彦のほうが1年年下ということだ。さらに驚くべきは、先述の『帰って来たヨッパライ』からミカ・バンドの解散まで、すべて20代の加藤和彦の仕業だということ。
日本中を席巻した20代の若者による「先進」と「諧謔」と「洗練」――「自由」。キャリア初期の加藤和彦が、いかに早熟だったか、いかに恐るべき若者だったか、ということになる。
加藤和彦の遺書に書かれていた内容
加藤和彦の最期を語るのは哀しい。今年は加藤和彦の自死から15年というタイミングになる。遺書にはこう書かれていたという――「私のやってきた音楽なんてちっぽけなものだった。世の中は音楽なんて必要としていないし、私にも今は必要もない」。きたやまおさむは語る(産経新聞/2023年10月27日)
――当時、加藤が精神的に異変をきたし、「死にたい」と漏らしていたのは知っていました。理由はいくつかあったと思います。ひとつは「創造ができなくなった」というのです。(中略)もうひとつは経済的に切迫していたことです。
そんな最期に照らし合わせて輝き出すのが、キャリアの初期の初期、きたやまおさむと一緒に輝いたフォークルのことだ。私の書いた小説『恋するラジオ』(ブックマン社)では、加藤和彦の最期を知った主人公の少年「ラジヲ」が1968年のフォークル解散コンサートにタイムリープし、21歳の加藤和彦にこう叫ぶ。
――「いつまでも、今日のように楽しく音楽をやり続けてや。絶対やめんといてや!」。さすがに「自殺なんてするな」とストレートには言えなかったので、妙に思わせぶりな言い方となった。若くつるっとした顔の加藤和彦が笑顔で答える。「もちろん。君も音楽をずっと好きでいてね」
映画『トノバン』では、キラキラとしたキャリア初期から、中期・後期を経て、最期に至るまでの人間・加藤和彦の実像が、さまざまな関係者の口から語られるのだが、中でもやはり、きたやまおさむの発言一つひとつが、抜群に胸に残る。
加藤和彦の盟友としてだけでなく、1人の精神科医として、等身大の加藤を、身びいきではなく冷静に語る言葉は胸に迫る。それを聞くだけでも、この映画の価値はあると思う。
スージー鈴木:評論家
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