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御簾に手を差し入れ…暴風夜の光君の「大胆行動」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑧

東洋経済オンライン / 2024年6月2日 17時0分

「眠たいって言っているのに」

と逆らって逃げようとする。その隙に光君はするりと御簾の内側に入ってしまった。

「世にまたとないこの愛情」

「これからはおばあさまのかわりに私があなたをかわいがってあげる。そんなふうに嫌がらないで」

「まあ、嫌ですわ、あんまりでございます。何をお言い聞かせなさっても、その甲斐もございませんでしょうに」と、困り果てた様子の少納言に、

「いくらなんでもこんなに幼い人を、私がどうかするとでもお思いですか。どうか世にまたとないこの愛情を終わりまで見届けてください」と光君は言う。

霰(あられ)が降ってきて風も荒くなり、おそろしい夜になってきた。

「どうしてこんなに人も少ないところで、心細くお暮らしになっているのですか」と光君は泣き、とてもこのままにしてはいられないと見るや、「格子(こうし)を下ろしなさい。今夜はおそろしい夜になるから私が宿直人(とのいびと)になろう。みんな近くに来るがいい」と言い、しれっとした顔で御帳台(みちょうだい)の中にまで入ってしまう。これはとんでもないことになったと女房たちは茫然(ぼうぜん)としてその場に控えている。少納言は、たいへんなことになってしまったと気が気ではないけれど、声を荒らげて咎(とが)めるわけにもいかず、ため息をついて座っている。姫君は、いったい何が起きたのかと脅(おび)えて震え、いかにもうつくしい肌もぞくぞくと粟立(あわだ)つような様子なのを、光君はいとしくいじらしく思い、単衣(ひとえ)だけで姫君をすっぽりと包みこみ、これは確かに尋常ではない振る舞いだと自覚しながらも、心をこめてやさしく話しかける。

「さあ、私のところへいらっしゃい。きれいな絵もたくさんあるし、お人形遊びもできますよ」

気を引くようなことを言う光君に、幼いながらも姫君は心惹かれ、そうひどくおそろしいわけではないが、それでもさすがに気味が悪くて眠れそうになく、もじもじしながら横になっている。

姫君の髪を搔き撫で

風は夜中じゅう吹き荒れた。

「こうして源氏の君がいてくださらなかったら、どんなに心細かったかしら」

「どうせなら、お似合いのお年頃でいらしたらよかったのに」

と女房たちはささやき合っている。少納言は心配で、御帳台のすぐわきに控えていた。

風がいくらか弱まり、光君はまだ暗いうちに帰ろうとする。……それもなんだか恋人のところから帰るみたいなのですが……。

「本当においたわしく思っておりましたが、これからはいっそう、姫君がかたときも忘れられなくなるでしょう。明けても暮れても私がもの思いにふけって、さみしく暮らしているところに、お連れいたしましょう。こんな心細いところで、どうしてお過ごしになられようか。よくこわがらずにいらしたものだ」

「父宮の兵部卿宮さまもお迎えに、とおっしゃっていましたが、尼君の四十九日が過ぎてからにしていただこうと思っております」と少納言は言う。

「実の父君は頼りになるだろうが、ずっと別々に暮らしてこられたのだから、姫君はこの私と同じようによそよそしくお感じになるでしょう。私は今夜はじめてお目に掛かったのだが、私のけっして浅くない気持ちは、父君に負けないと思いますよ」と光君は言いながら姫君の髪を搔き撫で、後ろ髪を引かれるようにしながら帰っていった。

次の話を読む:父親に引き取られる前に…光源氏が固めた決意

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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