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父親に引き取られる前に…光源氏が固めた決意 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑨

東洋経済オンライン / 2024年6月9日 17時0分

光君はその夕方、姫君の邸に惟光(これみつ)を使いに出した。

「私が参上すべきなのですが、宮中からお召しがありました。姫君のおいたわしいご様子を拝見しまして、どうにも気に掛かったものですから」と、惟光に伝えさせ、宿直人も遣わせた。

「まったく情けないことです。ご冗談だったにしてもご結婚というのでしたら、ご縁組の最初には三夜は通ってくださるはずが、こんな冷たいお仕打ちをなさるとは。父宮さまがこのことをお耳にされましたら、おそばの者たちの不行き届きとお叱りを受けましょう。けっしてけっして、何かのはずみにも源氏の君のことをお口にはされませんよう」

と少納言は言い聞かせるが、姫君がなんとも思っていないようなのは張り合いのないことである。少納言は惟光相手にあれこれと悲しい話をしてから、言った。

「これから先のいつか、源氏の君とのご宿縁も逃れがたいものになっていくのかもしれません。けれど今は、どう考えてもまるで不釣り合いなことと思いますのに、源氏の君の不思議なほどのご執心と、そのお申し出も、いったいどんなお考えがあってのことなのか見当もつかず、思い悩んでおります。今日も父宮さまがいらっしゃって、『心配のないように守ってほしい。軽率な扱いをしてくれるな』と仰せになりました。私もそれでたいへん気が重くなりまして、あのような酔狂なお振る舞いもあらためて気に掛かるのでございます」

昨夜、光君と姫君に何があったのか惟光が不思議に思うといけないと思い、光君の訪れがないことの不満は言わないでおいた。

惟光も、いったいどういうことになっているのか、合点のいかない思いで戻り、事の次第を報告した。光君も姫君のことを思い、惟光を使いにやったことを申し訳なくも思うのだが、三夜続けて通うのはさすがにやりすぎのように思えたのである。世間に知られたら、身分にふさわしくない奇異な振る舞いだと思われるかもしれないと憚(はばか)る気持ちもあった。いっそ、こちらに引き取ってしまったらどうだろうと思いつく。幾度も手紙を送った。日暮れになると、いつものように惟光を遣わせる。

「いろいろと差し障りがありまして、そちらに参上できませんのを、いい加減な気持ちと思いでしょうか」などと手紙には書いた。

宮の邸に移る前に

「兵部卿宮さまが、急だけれど明日お迎えにあがるとおっしゃいましたので、気ぜわしくしております。今まで長年住み慣れたこのさびしいお邸(やしき)を離れるのも、さすがに心細く、女房たちもみな取り乱しております」と少納言は言葉少なに伝え、ろくに相手をすることもなく、着物を縫ったりとあれこれ忙しそうにしている。惟光は仕方なく戻っていく。

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