なぜ戦争に訴える?ロシアの根源感情を読み解く ロシア独特の「陰鬱」や「憂鬱」の背景
東洋経済オンライン / 2024年6月19日 21時0分
ロシアの文明を特徴づける精神性があるとしたら、それはドストエフスキーが描いたような「地下生活者」が、陰鬱さからの解放を求める狂気かもしれません。文明論者の佐伯啓思氏がロシアの根源感情を読み解きます。
※本稿は、佐伯啓思氏著『神なき時代の「終末論」』から一部を抜粋・編集したものです。
文明の根源感情
『西洋の没落』のシュペングラーは、歴史上の文明には、その文明を特徴づける「根源感情」があり、それを象徴するものがあるという。
古代ギリシャ文明を特徴づけるものは明晰で調和のとれたアポロン的精神であり、西欧文明を特徴づけるものは、未知なるものを求め、万象を知り尽くし、生の可能性をあますところなく享受するというファウスト的精神だという。この果てしない欲望にこそ西欧の「根源感情」があるというのだ。
もちろん、「根源感情」という概念は、科学的でもなければ正確に定義できるものでもない。曖昧な言い方でしかない。まったく学術用語にはならない。またその内容も何かひとつに限定されるものでもない。
しかし、あえてひとつの文明をひとつの言葉で象徴させるというこのやり方は、ある意味では、その文明の本質を印象的に取りだすことにもなりうる。そこで、改めてロシアの根源感情について考えてみたい。
若いときにロシア文学に傾倒していた井筒俊彦は、戦後しばらくたって書かれた『ロシア的人間』(1953年)において、それをまずは、「ロシア的現象としての混沌」に求めている。
この根源感情は、人間的な営為のすべてを飲み込む「原初的自然」である。すべては大自然、母なる大地へとつながっており、人間の営みも文化も原初的な自然から切り離すことはできない。それは、人間と自然を分離し、自然を人間という主体に従属するものとみなす西欧の知性的な文化と対極にあった。
「ロシア人にあっては、自然と人間の魂の間には血のつながりがある」のだ。このつながりがなければロシア人ではない。そしてそこに、自然を対象化し合理的に理解しようとする西欧文化に対する強い反発も生まれるのであろう。
だが、この根源的な自然にまで降りて人間性をみるとは、その根源にほとんど理解不能な深く暗い闇をみることでもあろう。そこにロシア独特の「陰鬱」や「憂鬱」が立ち現れる。
ドストエフスキーの『地下生活者の手記』のように、地下室の真っ暗な闇、病的な陰鬱さのさなかをロシア的精神はあてどなくさまようことになる。
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