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バリキャリでも「地味な生活」に悶々とする日々 合コンにいた「キラキラ無職女子」が羨ましい

東洋経済オンライン / 2024年7月17日 8時50分

「キラキラ無職女子」をうらやましく感じてしまうという、バリキャリ女性の相談者。安井さんからのアドバイスとは(写真:Taka/PIXTA)※写真はイメージです

【相談者 女性 会社員 Kさん】

大手企業に勤めるOLです。先日、合コンである女性と知り合ったことで悶々としています。

その女性は無職のようでしたが、高価なバッグを持っていたり、会員制の高級レストランでの食事経験が豊富な様子だったりと自分との格差に戸惑いました。

彼女に限らず、SNS上で職業不詳ながら華やかな生活を送る女子を頻繁に目にしますが、そのたびに自分の人生はこれでいいのかと感じ、自信が持てません。

大学受験や就職活動を経て大手企業に入ったものの、贅沢なんて夢のまた夢の生活を送っています。世の中には普通の勤め人の世界とは異なる世界があるようですが、そうした世界をうらやむ気持ちとどう折り合いをつけたらよいのでしょうか。

他人の人生は「一部」しか見えていない

人生におけるそのときどきの決断や行動が「正解であったか否か」を判断するのはあくまでも自分自身です。

そしてその結論を出すには今現在だけではなく長い時間軸での目線が必須です。

成功の定義や幸せな人生の定義というのは人それぞれです。

それは決して他人と比較できるものではありませんし、ましてや他人の人生を基準に自分の人生を判断すること自体がナンセンスです。

往々にしてヒトが他人の人生を見る際、そのヒトの人生や人となりの一部しか見えていません。

全体ではなく一部だけを見て自分の全体と比べること自体がおかしいのです。

人生とはリアルな生活であり、生き方です。

大小はともかく、苦労もあれば成功もありますし、人生に喜怒哀楽は付き物です。

そのような中、他人の人生の一部だけを見て、「うらやましい」と思ったり、または自分自身の「至らない個所のみ」と比較して優劣をつける必要はまったくありません。

例えばKさんは他人のSNSを見てうらやましさを募らせているようですが、本連載において何度も指摘していますがSNSというのは多くのヒトにとって、そのヒトの人生の最高の部分の一部「のみ」を切り取ってアップしているにすぎません。

つまりは、そのヒトの人生のすべてではなく一部なのです。

それも成功している、または良い面の一部にすぎません。

そんな人生の一部のみの切り取りを見て、そのヒトの人生を判断することは当然できませんし、ましてやその「創られた一部」と喜怒哀楽を含むリアルな自分の人生の全体を比較すること自体が無意味な行為だとわかるハズです。

相手に羨まれている可能性だってある

また、合コンで会ったという女性にしても、その方が本当に幸せであるか否かは当然その場の会話のみからは判断できません。

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