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華やぐ二条院、喪失感消えぬ左大臣家のそれから 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑩

東洋経済オンライン / 2024年8月25日 17時0分

「女御ではない、女官としての宮仕えでも、地位が上がっていけば、不足ないどころか立派なものですよ」と、妹を入内(じゅだい)させようと躍起になっている。

そんな噂(うわさ)を聞いた光君も、六の君には並々ならぬ愛情を抱いていたので残念に思うけれど、今は不思議なくらいほかの女君に興味が持てないのである。まあ、これでいいじゃないか、短い人生なのだから、この紫の女君を妻と決めて腰を据えよう、人の恨みを受けるのもまっぴらだ、と懲り懲りしてもいるのだった。

手厚い気遣いも女君にはうれしくない

六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)には気の毒ではあるが、彼女を正式に妻として頼りにするとなれば、かならずしっくりいかなくなるだろう、これまでのような関係でも大目に見てくれるのならば、しかるべき時に文を交わす相手としてはふさわしい人には違いない……と光君は思う。まるきり見捨ててしまう気持ちはないのである。

この二条院の女君を、今まで世間の人がどこのだれとも知らずにいるのも軽々しい扱いであるから、この際父宮である兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)にも知らせようと光君は決め、紫の女君のために成女式として御裳着(おんもぎ)の用意を、あまり表沙汰にはしないけれども格別豪華にするよう下の者に命じている。この手厚い気遣いも女君にはまったくうれしくない。今までずっと光君を疑いなく信じて、ずっとそばにいた自分にあきれ果て、後悔しているのである。まともに目を合わせることもなく、光君が冗談を言っても、ただ苦しくつらいばかりでふさぎこんでしまい、今までとはすっかり変わってしまった。そんな女君の様子を、光君はいじらしくもいとおしくも思うのだった。

「今までずっとたいせつに思ってきたのに、あなたはもう私のことを思ってはくれないなんて、悲しいな」などと恨み言を言ってみたりする。

そうしているうち年が明けた。元旦は、いつも通りまず院に参上し、それから帝、東宮にも参上する。退出すると、光君は左大臣家に向かう。左大臣は、新年などどうでもいいように亡き娘の思い出を語っては、喪失感でいっぱいになっていたところに、光君があらわれたものだから、いよいよ悲しみをこらえることが難しくなる。左大臣家の人々の目には、新年を迎えひとつ年を重ねたせいか、光君は堂々たる風格も備わり、今までよりもさらにまばゆく見える。光君は挨拶がすむと夫婦の寝室だった部屋に入った。久しぶりの光君の姿に、女房たちも涙をこらえることができない。

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