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華やぐ二条院、喪失感消えぬ左大臣家のそれから 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑩

東洋経済オンライン / 2024年8月25日 17時0分

若君を見ると、すっかり大きくなって、にこにこと笑っているのが不憫(ふびん)である。目元、口元が、東宮にそっくりで、人が見て不審に思わないかと光君は不安になる。部屋の中は以前と変わらず、衣桁(いこう)に掛けられた光君の装束も、以前と同じく新調してあるのに、その隣に女君の装束がないのが、いかにもさみしい光景である。

昔が思い出されて

女房が母宮の挨拶を伝えにくる。

「今日は元日ですので、泣かないようにずいぶん我慢しているのですが、こんなふうにお訪ねくださいまして、かえって涙があふれてしまいます」とあり、「以前と同じように調えましたお召し物も、涙で目もよく見えず、色の見立ても不出来だと思いますけれど、せめて今日だけはどうかお召しくださいませ」と、たいそう入念に仕立て上げられた装束を、もう一揃(ひとそろ)い贈った。かならず今日着てもらおうと思っていたらしい下襲(したがさね)は、色合いも織り具合も見たことがないほどすばらしい。せっかくの気持ちをどうして無視できようかと、光君はそれらに着替える。もし今日ここに来なかったら、母宮はどれほど気落ちしただろうと思うと胸が痛んだ。

「あまた年今日(けふ)あらためし色ごろもきては涙ぞふるここちする
(今まで何年も元日に、こちらで着替えていたうつくしい色の晴れ着を、今年もここにやってきて着てみますと、昔が思い出されて涙がとまりません)

とても気持ちを静めることができません」

と返事をした。それにたいし、

新しき年ともいはずふるものはふりぬる人の涙なりけり
(あたらしい年だというのに降りそそぐものは、年老いた親の涙でございます)

と返歌があった。

みな、並大抵の悲しみではなかったのです。

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代:小説家

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