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「危険すぎる山」で"幻の虫"を追うハンターの矜持 クマに30回以上遭遇、妻は大激怒…それでもなぜ行く?

東洋経済オンライン / 2024年8月31日 10時0分

クヌギのウロを調べる“虫オタ”こと松島幸次氏(写真:松島幸次氏提供)

たかが虫採りというなかれ。“幻の虫”の採集に命を懸ける男たちがいる。なぜそれほどまでに虫に魅入られ、危険を冒してまで山に入るのか――。

今夏の猛烈な暑さも霞むような“熱き”ハンターたちの冒険を、『オオクワガタに人生を懸けた男たち』より一部抜粋・編集のうえお届けする。

第1回:カリスマが「命懸けで採集する」"幻の虫"の正体

クワガタ採集界で名を馳せる“虫オタ”

いったいどこにいるんだ?

【写真】「目の前にクマが!」怖いもの知らずのハンターがいく「危険すぎるスポット」

1990年夏――。

「やべえヤツがいる……」

伊勢丹相模原店で展示されたケースの中を覗き込んでいた少年は、ごくりと唾を飲んだ。

噂に聞いていた“ブラック・ダイヤモンド”がそこにいた。厚みのある漆黒のボディ。内歯が隆起した大顎は、先端が美しいカーブを描いている。ゆっくり堂々とした動きは、まさに昆虫の王者の風格を感じさせた。

「これがオオクワガタなのか」

それは8歳の松島幸次が、いつも昆虫図鑑で眺めていた憧れの虫だった。

「今思えば60ミリもないオスだったと思いますが、ものすごくデカく見えた。化け物みたいに。たぶん、ワイルドの個体だった。値段はよく覚えていないですが、とても子どもが買ってもらえる金額じゃなかった」

松島は今やニックネーム“虫オタ”として、クワガタ採集界では有名な存在だ。一見すると目力が強くて髭を生やした風貌はコワモテなのだが、話すとめちゃくちゃ愛嬌があり、人柄の誠実さが伝わる。

虫オタのクワガタ採集は、父親によく山に連れていってもらった子ども時代から始まる。

ミヤマクワガタやノコギリクワガタ、ときにはヒラタクワガタが採れても、オオクワガタは見つからなかった。図鑑では生息地が「日本全土」になっている。じゃあ自分の住んでいる地域にもいるのではないか? 自転車で行ける範囲を探し回るが、気配すらもない。

「いったい、どこにいるんだ?」

これはかつてのクワガタ好きな少年たちが、一度は抱いた疑問だった。罪なのは当時の昆虫図鑑である。長年にわたって版を重ねているため、初版が昭和30~40年代のものが多く、監修した学者は戦前の生息記録をもとに記載したと思われる。

かつては東京都目黒区にもいたとされるが、高度経済成長期以降に全国的に進んだ大規模な開発で、平野部におけるオオクワガタの生息環境は大幅に減少した。

もともとノコギリクワガタやヒラタクワガタなどよりも圧倒的に数が少なく、昭和後半には子どもたちが探せる範囲内では、ほぼ姿を消していたと考えられる。

 現代においてオオクワガタを見つけるには、広範なエリアを回るために車が必要であり、高額な交通費を捻出できる経済力がなければならない。さらに自力で採るためには、粘り強く遠征を重ねる覚悟がいる。これらは大人にならなければ無理なことだった。

自分の力で生息ポイントを見つけ出す

虫オタは大学時代に、クワガタを求めて離島回りを開始した。伊豆大島や神津島、八丈島から始まり、沖縄本島、西表島、石垣島など、それぞれの島の固有種を探しまくった。

伊豆大島には本州産よりも大型になるノコギリクワガタが、神津島には珍種のミクラミヤマクワガタ、沖縄や八重山諸島にはマルバネクワガタがいた。台湾や東南アジアにも遠征し、マレーシアに憧れのクワガタに会いにいく。

高校時代に原付免許をとり、オオクワガタを探しに相模原から山梨に行ってはいたが、ミヤマクワガタが採れる程度だった。大学時代にも「運よく採れたら」と思って何度か通ったが、全くかすりもしなかった。本格的にオオクワガタに取り組み始めるのは、社会人になり車を購入してからである。

「カーナビも付いていない車で地図を見ながら行っていたんですけど、右も左もわからない。3年くらい通った頃に、朽ち木を割ったら大きな幼虫が出たんですよ。明らかにコクワやアカアシ(クワガタ)とはサイズが違う。これは絶対オオクワだと思った。それから一気にのめり込んで、夏に図鑑で見ていた台場クヌギの樹液で見つけたときには、これはやべえってなりました」

虫仲間が彼を認める一番の理由は、とにかく自力にこだわることだ。誰かに場所を教えてもらうのではなく、自分の力で生息ポイントを見つけ出す。採集者の多くは空振りを避けるために、実績のある場所を選ぶが、虫オタは虫をゲットすることが目的ではない。

誰もたどり着いたことのない生息地を、自分の力で見つけたいという想い。その探究心は初期から強く、一匹狼のスタンスを築いていく。

山梨の後に挑んだのは福島だった。南会津の街灯回りで採れるという情報だけを頼りに向かうが当時はまだ圏央道がなく、自宅の相模原からだと渋滞も含めて8時間かかった。しかも行ったはいいが、範囲が広くポイントが絞れない。

「檜枝岐(ひのえまた)側なのか、栃木側なのかもわからない。今思えば、栃木側なんて絶対にいない。でも当時は知らないから栃木の塩原から入って探したんですよ。全然見つからなくて、南会津にはいねえんじゃねえかって思いながら、何度も繰り返しました」

最初の1頭が街灯下で採れるまでに、10回以上は通った。オオクワガタ採集を始めた頃は、東北で採れるなんて考えてもみなかった。福島での採集をきっかけに、生息地の開拓が本格的に始まる。

ヒグマの糞にビビる

激レアポイントの一つ、北海道に初めて挑んだのは2015年だった。妻に許可をもらうために「家族旅行に行こう」と誘い、3日後に家族は飛行機で来させることにして、先に自分一人で出発した。

採集のためのライト機材や梯木を車に詰め込み、仕事終わりの20時に自宅の神奈川を出発した。お盆の行楽期のため渋滞にハマり、青森から函館へのフェリーを経て目的地まで18時間もかかった。

現地に入り、細い林道を車で突き進むと、「ヒグマに注意」の看板が横目に入る。車から降りてみると、巨大な糞が落ちていた。

「でかいなんてもんじゃない。そいつを出したヤツを想像しただけでビビりました」

糞は道路脇や細い砂利の林道にも落ちていて、周辺にヒグマが生息していることは間違いない。ちなみに虫オタは、これまで本州ではツキノワグマには30回以上遭遇している。歩いている前に飛び出してきて、3メートルの距離で目が合ったこともあった。

「そのときはケンシロウくん(採集仲間の岩井拳士朗氏)とデカい声で話しながら歩いていたんです。ラジオもかけていたんですよ。全然、熊避け効果なんてないですね。出会ったら道具も全て投げ捨てて、ダッシュで逃げる。向こうも臆病なんで、襲われたことは一度もないです」

だがヒグマに出会ってしまったら命の危険度は格段に上がる。とりあえず車で林道を回りながら、目ぼしい木があった場所で降りてみた。すると近くに大きな罠や真新しい足跡がある。

「やべっ!」と車に戻りそうになるが、脳裏にオオクワガタの顔がよぎった。そうなると「小便ちびりそう」になりながらもやめられない。なんとかヒグマに遭遇せずに済んだが、オオクワガタの手応えもつかめず、初回の探索は撃沈した。

標高が高過ぎたのか?

2度目のトライは2020年の7月にケンシロウと彼の友人との3人で向かった。

「北海道で初めてライトトラップをやったときは、東北あたりのつもりで標高200~500メートルの場所でやったんです。そうしたら高地に生息するヒメオオクワガタが5頭飛んできた。オオクワガタのエリアで、ヒメオオが飛んでくるのは珍しい。ひょっとして、これは標高が高すぎるんじゃねえのか? って思った」

北海道ではこの高さでは気温が低すぎたのだ。7月の挑戦は再び空振りに終わったが、エリアを変えれば可能性があるかもしれない。そうなるといても立ってもいられなくなり、8月のお盆休みに3度目のチャレンジを密かに計画する。

ケンシロウを誘うと「仕事の調整がつけば、ぜひ行きたいです」との返事。あとは妻をどう説得するか……。

すでに青森からのフェリーは予約してあるのだが、2カ月続けて北海道に行かせてくれとは言い出せない。悩みに悩んだ末にこう切り出した。

「ケンシロウくんが、どうしても7月のリベンジをしたいらしくて、男として見捨てられない。もう一度北海道に行ってもいいかな?」

「は!? お盆は子どもと出かけるって言ったじゃん。意味わかんないんだけど。アンタの親に電話するわ!」

というわけで、アラフォーの男が妻と両親に滔々と説教されることになった。それでも「もう決まってしまったことだから」と頼み込み、家族は別の機会に必ず旅行に連れていくことを約束して許しをもらうことができた。

ところが、直前にケンシロウから「すみません、どうしても外せない仕事が入ってしまって」と連絡が入る。「マジか!」となるが、今更そんなことは妻には言えない。「一人じゃヒグマが怖ええなぁ」と思いながら単身出発した。

ついに姿を現したオオクワガタ

8月の再チャレンジでは標高を50メートル付近まで下げてみた。

ライトトラップでは、まず近場にいる小さな蛾が集まり始める。そして小型の甲虫に続いて大型の蛾が飛来し始めると、クワガタの仲間が最も集まる“ゴールデンタイム”の到来だ。

ちなみに北海道はミヤマクワガタの大産地であり、良好な条件下では、開始から数時間で数百の個体が飛来する。ミヤマクワガタのオスは、顎の内歯の形状で3つの型に分けられ、北海道で採れる大型個体は「エゾ型」と呼ばれる。もう一つの特徴として頭部の突起が大きくなり、標本愛好家には人気が高い。

77ミリを超えるサイズになると市場価格は30万円を超えるため、ミヤマ狙いの採集人も多くいる。だが虫オタの眼中にはオオクワガタしかなかった。そうしているうちに、ここでもヒメオオクワガタが飛んできた。こんな低地でも生息していることに驚く。オオクワガタにはやはり寒すぎるのか……。

突然、「バチン!」という何かが路面に落ちる音がした。これまでのクワガタの飛来音とははっきり違う。大きな黒い影が、道路にひっくり返っている。オオクワガタの大歯型だ! ジュワーっとアドレナリンが噴出する。まだ内翅(ないし)が出た状態で脚を動かしている様子を、虫オタは写真と動画に収めた。

「このときは大歯型のオス1頭とメス1頭が飛んできました。自分は飼育もやらないし、標本もやらない。大抵は写真を撮って満足です。でもこのときは記念に持ち帰って、メスはケンシロウくんに託しました」

山奥での絶叫

虫オタは精密機械製造の会社で働きながら、妻には金曜日の仕事終わりから土曜日だけ自由にしていいと許可をもらっている。その代わり日曜日の朝6時までに帰らなければならない。夏になると昼は樹液採集、夜は街灯回りにライトトラップと、寝る間もなく昼夜採集を続けて、日曜の朝に戻って子どもと遊ぶ。

「土日がほぼ寝られないので、体がきついんですよ。それなら採集に行くなって話なんですけど」

遠征のときは特別に日曜日まで時間をもらうが、やはりほとんど寝ずに採集を続ける。そして月曜日の朝には現地から直接会社へと向かう。

「眠気を飛ばすために、窓を全開に開けて音楽ガンガンかけて、ブラックコーヒーをずっと飲み続ける。しかも、わけわかんない山地に行くんで、採れないで帰ることがほとんどです。凹んでないと言ったら嘘になりますね。行きは『今週こそ新産地を当ててやるぞ』とルンルンなんですけど、帰りは『何やっているんだ、俺』ってなります。体は眠いし、交通費は2万、3万かかる。ボウズ(1頭も採れないこと)が嫌なら、採れる場所に行けばいいんだけど、そういう話でもない」

虫オタは紛れもなくトップクラスの採集家だが、実際にオオクワガタに行きつくのは、1%未満の確率だという。これは彼が一度見つけた場所へは、信頼できる仲間を案内する以外に再び行くことがないからだ。

「よくSNSとかにオオクワガタをたくさん採った画像をアップしている人がいるんですけど、それは採れるところに行っているのだから当然だと思う。むしろ開拓にかけて、10連敗、20連敗、食らっている人の方がよっぽどすごいです」

そこまでして、オオクワガタの新規開拓は捨て難い魅力があるのか?

「もうやばいっすよ! 初めての場所で見つけたときって、涙出るくらいの感動です。キター! って一人で叫びますね」

人も通わぬ山の中でアラフォーの男が一人、拳を握りしめて感動に震える。そして無精髭を涙で濡らしながら、絶叫している姿を想像した。うん、わかるよ。だけど、一般社会では理解してもらえないだろうなぁ。

オリンピックの表彰台に立った気分

「やはり、いろんなところに行かないとわからないですよ。それに人から聞いたポイントだと、自己開拓とは言えないじゃないですか。地名も出せないし、どこで採ったの? と聞かれても、答えられない。自分で採れば堂々と言える」

記念すべき発見をした日には、家に帰るとオリンピックの表彰台に立った気分で、妻に「やったよ! やべえの当てちまったぜ」と誇らしげに語った。しかし、彼女の反応はいつも塩対応だ。

「え、なに? 意味わかんないんだけど。何が新産地よ」

野澤 亘伸:カメラマン/『師弟~棋士たち魂の伝承』著者

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