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パワフルに「格差是正」するのは所得税か消費税か 岸田首相が避けた「税制論議」新首相はどうする

東洋経済オンライン / 2024年9月3日 8時30分

総裁候補たちはどんな政策を語るのか(写真:Bloomberg)

9月27日の自民党総裁選挙で選出された新総裁が、岸田文雄首相の後を襲う新首相となる見込みである。

【表】同じ「年収300万円」でも、現役世代と高齢世代では「課税対象額」が違う

岸田内閣の約3年間では、税制改革の議論が具体的には進まなかった。

2023年6月には、首相の諮問機関である政府税制調査会が「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方―」と題した中期答申を取りまとめ、岸田首相に手交した。その中で、税制全般を再点検し、経済社会情勢の変化を受けてさまざまな社会的課題に対応できる今後の「あるべき税制」について議論を喚起した。

増税は「超高所得層のみ」だった岸田政権

岸田首相は、自民党総裁に就任する前の総裁選挙に立候補した際、「1億円の壁」(年収1億円を超える高所得層では、所得が高くなるほど税負担率が下がる現象)の是正を訴えていた。

確かに、その是正策として、約30億円以上の高所得者に対して追加的な所得税負担を求める「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化のための措置」を所得税制で新設することとした。

しかし、岸田政権下での税制改正では、むしろ「増税」を避け続けた。

「こども未来戦略」(2023年12月閣議決定)に盛り込まれた施策には、「少子化対策の財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えない」と明記したり、2024年6月には所得税・個人住民税の定額減税を実施したりした。

政権が税制について抜本的な議論に踏み込まなければ、増税は避け続けられても、現行税制の歪みは残されたままである。現行税制によって生じる国民生活へのしわ寄せは温存される。

現行の税制は、高齢世代には負担が軽く、現役世代に負担が重い性質が強い。そのため、特に現役世代に過重な負担を課す形でしわ寄せがいっている。

所得税は、高所得者に多く税負担を求める累進課税はあるが、年金に対しては所得税負担が軽くなっている。そのため、所得税の負担は世代間格差が大きい。

同じ年収300万円でも、給与所得で稼ぐと適用される給与所得控除は98万円で202万円が課税対象となるが、65歳以上の人が公的年金で受け取ると適用される公的年金等控除は110万円で190万円しか課税対象にならない(ここから基礎控除や社会保険料控除などが適用された後に課税所得が決まる)。

公的年金等控除が手厚いために、高齢世代の所得税負担が軽くなっている。

高齢世代は年金と給与ダブルで税控除

おまけに、現役世代には年金収入はないが、高齢世代は働けば給与収入も受け取れる。年金収入と給与収入の双方で稼げば、税負担はさらに減る。

同じ年収300万円でも、年金収入で150万円、給与収入で150万円稼ぐと、年金収入には公的年金等控除が110万円適用されて40万円しか課税対象にならず、給与収入には55万円適用されて95万円しか課税対象とならず、課税対象となるのは合わせて135万円だけである(ここから基礎控除や社会保険料控除などが適用された後に課税所得が決まる)。

給与所得控除と公的年金等控除がダブルで適用されるという現行税制のせいである。

確かに、高齢世代といっても、裕福な高齢者もいれば、そうでない高齢者もいる。しかし、今の高齢世代が現役だった頃に比べると、今の現役世代の1人当たり負担は重くなっている。今の高齢世代の人で40歳だった時の負担よりも、今の現役世代で40歳の人の負担のほうが重い。

その意味で高齢世代の負担は、今の現役世代の負担よりも軽いのは事実である。

さらに、現行の所得税制は所得格差是正効果が弱い。低所得者は所得税をほとんど払わなくてよいが、所得税の負担が軽くなるだけしか恩恵がなく、所得税制を通じて手取り所得が増えるわけではないので、所得税で所得格差をならせてもわずかでしかない。

むしろ、低所得者にとって負担が重いのは、所得税よりも社会保険料である。医療や年金といった社会保障の恩恵を受けたければ、所得が少なくてもそれなりに多い社会保険料を払わなければならない。これが、所得格差の原因となっている。

低所得者の社会保険料の負担を軽減するには、皆で払った税金を使って低所得者向けにもっと給付を出すことを考えなければならない。

「高所得者に増税して格差是正」という幻想

これまで、消費税率を10%に引き上げる際の増収分で、低所得者の社会保険料負担の軽減策を講じてきた。しかし、それでもなお低所得者の社会保険料負担は多い。いわゆる「年収の壁」の問題も、ここに起因している。

低所得者の社会保険料負担の軽減策や「年収の壁」の解消策を本格的に考えるならば、税制を使うしかない。低所得者の社会保険料負担も「年収の壁」も社会保険料の問題である。だからといって、社会保険料の問題を社会保険料収入で解決するのは筋違いである。

なぜなら、社会保険料は、病気になるリスクや要介護になるリスクなど保険事故に対応して払うことが基本だからであり、低所得者の負担軽減のために追加して社会保険料で負担を求める筋合いのものではない。

やはり、税収を活用した問題解決を図らなければ、抜本的に解決しない。消費税率を10%に上げた後の歴代政権は、増税の議論を避け続けているため、こうした抜本的な所得格差是正ができずにいる。

高所得者に高い率の所得税を課せば所得格差ができるというのは、幻想に近い。高所得者への課税を5%上げたとしても1000億円単位の税収しか上がらない。高所得の人数が少ないためにこれだけの税収しか上がらず、それでは低所得者への負担軽減はほとんどできない。

他方、消費税は格差是正のためにはパワフルだ。消費税は、高所得者が多く負担する。現役世代だけでなく高齢世代も負担する。例えば、消費税率を3%上げると8兆円近くの税収が入る。これで低所得者にだけ10万円の社会保険料負担軽減なり給付なりを追加で行うことは容易にできる。

もちろん、消費増税に伴う低所得者の負担増は無視できない。しかし、負担増を上回る社会保険料負担軽減なり給付なりが可能である。

消費増税と負担軽減・給付の組み合わせ

現に、低所得者が払う消費税は年に10万円程度である。今から消費税率を3%上げると低所得者の3万円ほど税負担が増えるが、その増収分で10万円の社会保険料負担軽減なり給付なりをすると、実質的には7万円手取りの収入が増えることになる。

所得税で累進課税を強化するよりも、消費税と給付の組み合わせのほうが、所得格差是正にはパワフルなのである。所得格差の是正は、所得税だけで解決できるものではない点に留意が必要だろう。

消費税は国民に不人気な税であるが、政治家は、こうした議論に対して、賛否はともかく、議論を避け続けていては、今の仕組みの矛盾はまったく解消されない。新首相は、税制について思考停止にならず、国民的な議論を積極的に喚起すべきである。

土居 丈朗:慶應義塾大学 経済学部教授

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