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トランプは「大衆の絶望」をいかに癒やしているか 黙契が剥奪され「格下げ」された人々の「怨念」

東洋経済オンライン / 2024年9月10日 10時30分

「思想の地政学」という言葉を目にしたときに思い出したのが、この『貧乏物語』だった。経済や政治における資源の欠乏は、現実には、内面困窮、知的欠乏の結果に過ぎないのではないかということだ。

あえていえば、現代という時代を駆動するプログラム、もしくはそこにインストールされているOSやアプリケーションのシステムを精密に読み解く試みとも言い換えられるだろう。

ぽっかりと口を開けた洞穴

そんな風に考えていくと、アメリカの白人男性で、とりわけ所得や学歴の低い層の死亡率が高まっている現象、すなわち「絶望死」の重みが切実に感じられてくる。ぽっかりと空いた洞穴――。「もう一つの地図」から読み取れるのはそんな呪いの残欠である。

著者はあとがきで記している。

「2016年大統領選挙でヒラリー・クリントンが勝利した全米の472郡がアメリカの国内総生産(GDP)に占めた割合は64%、それに対しトランプが勝った2584(桁が違う!)に及んだ郡は36%を占めただけだ。この傾向は2020年大統領選挙になるとさらに強まり、バイデン勝利の520郡はGDPの71%を占め、トランプが勝った2564郡は29%だった」。

単にバイデン支持者が金持ちで、トランプ支持者が貧乏だと言っているのではない。彼らの持つお金や学歴に単なる格差が生じているというのではない。むしろその経済格差を見るに及び、著者が心内の驚きを「桁が違う!」と括弧で書き足してしまうくらいに、その空白が桁違いの負の力学を生んでいる点にある。

私は縁あってバーバラ・ウォルターの『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社)を昨年翻訳する機会を得た。この本では、取り残された人々、「格下げ」された人々が心中にため込む絶望が、世界中の内戦の引き金になってきたと分析している。

つまるところ、同じ国や地域で、人と人が武器を取り合うのには、しかるべき心因が存在するということだ。従来暗黙裡に保障されていた経済的・社会的権利が徐々に剥奪されて、母国にいるのに、あたかも異邦人のような不遇をかこつ人々が、ドラッグや自殺という形で、早々に死んでいく。これは他者ではなく自分に武器を向けてしまった結果なのだろう。彼らは裏切られた人々、取り残された人々である。暗黙の契約が何の通告もなしに反故にされ、生きていく意欲も気力も能力さえもなくしてしまった人々である。

希望を失った人々、絶望した人々、失うものを持たない人々が、日々思想の地政学における空洞をせっせとシャベルで掘っている姿がまぶたに浮かぶ。彼らには洞穴を掘るしかなすべきことがない。すべては絶望のなせる業なのである。時に武器を手にしたり、奇矯な行動に打って出たり、あるいは極端に論理的なシステム言語を駆使して人を煙に巻いたりなども同様の系に属する。

大衆の絶望

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