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トランプは「大衆の絶望」をいかに癒やしているか 黙契が剥奪され「格下げ」された人々の「怨念」

東洋経済オンライン / 2024年9月10日 10時30分

著者は、次のように日本について釘を刺している。

「日本の議論が思想運動と政治・大衆運動をごっちゃにして語るのはいただけない。(改行)トランプ登場は大衆の絶望を起爆剤にして、またその力を借りて、それまでの共和党主流の理想的基盤を一挙に破壊しようとした現象だ」(「第14章 バイデン政権が抱えた課題」p.269)

はっとさせられる。

私たちはつい政治現象がありありと眼前に迫ってくるあまりに、別々のものを一つの箱に入れてかきまわしてしまいがちなのだ。それを丁寧に腑分けしていけば、大衆の情緒性を原因とするところの一つの作用、すなわち症状に過ぎないことが見えてくる。

トランプのみならず、白馬に乗って現れるごときリーダーは、ある意味では大衆の側に存在する救世主願望の投影とも読める。

背景にあるのは、絶望という一種の空洞なのだが、問題は、多くの場合自分の内面に伏流する空洞に無自覚である点だ。「それでも、なぜトランプは支持されるのか」は、「トランプは大衆の絶望をどのようにして癒やしているのだろうか」とも読み替えられるだろう。何かに強く惹きつけられるということは、そこに強烈な自己肯定願望の源があるからだ。

自我はそんな甘い汁の湛えられたつぼの前を素通りしてしまうことができない。なぜなら、あまりにひどく乾いているのだから。自分で認めることができないくらいに。

ラッセル・カークとは何者か

読んでいて、興味を覚えた人物がいる。ラッセル・カークだ。

不勉強ながら、名前も知らなかった。本書著者による翻訳が中央公論新社から出ていることも知らずにいた。

私が興味を惹かれたのは、著者がこのラッセル・カークに何かいわく言い難い感情を寄せているように見えた点である。

著者はカークを日本で言えば柳田國男のような人物と述べている。柳田というと『遠野物語』で知られているように、妖怪や幽霊譚の収集・研究家である。このカークもまた、自らがそのような体験を持っているばかりでなく、幽霊譚の収集・採話を行った人であるらしい。調べてみると、確かにカークは怪談集を出版している。じつに興味深い。

私は著者がカークに会いに行ったくだりをいっそう興味深く読んだ。それはカークが世を去るわずかに先んじた日々であった。

読んでいるうちに、カークの語る怪異譚とある風景が重なって見えてきた。冒頭で語られているのだが、ゴジラを南太平洋で無念の死を遂げた戦争の犠牲者の象徴的表現とする解釈が出てくる。私はその記述に惹きつけられた。ちょうど「無念の思い」に取りつかれた怨霊のイメージである。

彼らこそが取り残された人たちなのだ。しかも、彼らの声は消えてなくなったわけではない。今も何かを叫び続けている。

保守主義者とは、今を生きられなかった人たちの声も聴けなければならない。この世に生きているのは肉体をもって生きている人ばかりではなく、すでに死んでしまった人たち、あるいはいまだ生まれていない人たちも含まれている。これは保守主義の中軸をなす思想だと思う。

井坂 康志:ものつくり大学教養教育センター教授

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