今よみがえる伝説の経済学者「宇沢弘文」の思想 21世紀の経済学者の課題「社会的共通資本」とは
東洋経済オンライン / 2024年9月20日 8時0分
資本アプローチの代表が、ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ名誉教授がケネス・アローらとの共同研究で提示した「包括的な富(inclusive wealth)」の概念を核とする経済理論だ。現在では、国連などの国際機関が世界各国の「包括的な富」をデータ化して分析するまでになっている(国連環境計画<UNEP>が「包括的な富の報告書」を2012年から数年おきに発表)。
資本アプローチの目的は、GDP(国内総生産)に代表されるフローの指標で診断するのではなく、生産基盤のもっとも基底にある重要な富のストックの状態を調べることで社会の持続可能性や安定性を評価することにある。とくに、自然を自然資本とみなして分析の中心に据えたことが重要だ。
たとえば、GDPが成長しても、自然資本が棄損され減少しているケースは珍しくない。資本アプローチによって、市場経済あるいは資本主義をGDP統計とは異なる基準で評価できるわけだ(もちろん、自然資本などの計量には課題も多い)。
「包括的な富」は自然資本、人工資本、人的資本で構成される。宇沢の「社会的共通資本」(自然資本、社会資本、制度資本が構成要素)にほぼ対応していることは一目瞭然だろう。ダスグプタは宇沢がケンブリッジ大学で研究していたときの宇沢の教え子でもあり、また、アローは宇沢を米国に招いた宇沢の恩師だ。宇沢理論とダスグプタらの理論がともに「資本アプローチ」で新たな経済学を切り拓いたのは偶然ではない。
ふりかえれば、宇沢は米国の経済学界で1、2を争う理論家として評価されているさなか、唐突に米国を去った。ベトナム戦争に異を唱えての帰国だった。そんな宇沢が日本で最初に取り組んだのが、水俣病や四日市喘息など4大公害病に象徴される公害問題である。
早すぎたがゆえ、受け入れられず
『自動車の社会的費用』を出版して世論を動かしたのが1974年で、この時期に社会的共通資本理論の骨格も整った。半世紀も前から、「資本アプローチ」を実践していたことになる。しかし早すぎたがゆえ、その考えが経済学者に広く受け入れられることもなかった。
経済学の環境問題への取り組みは、東西冷戦の終焉と歩調をあわせ変化した。大きな契機が1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議だ。「地球サミット」と呼ばれたこの会議で気候変動枠組み条約、生物多様性条約への署名が行われ、グローバルな環境問題が地球的課題として認定された。
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