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少年事件と向き合う「虎に翼」寅子モデルの信念 シンナーやボンド遊び等非行が横行するように

東洋経済オンライン / 2024年9月25日 10時30分

「少年事件は少年を処罰するものではないから、刑事的な思考ではなく、むしろ民事の感覚が大切だ」

ここから嘉子は少年審判のプロフェッショナルとして、日々研鑽することになる。

嘉子を待ち受けていたのは、22万件(昭和38年当時)を超える、膨大な少年事件である。少年事件の背景となる社会情勢についても、嘉子が家庭裁判所から離れていた約10年の間で、大きく変化していた。

連続テレビ小説『虎に翼』第25週・第123回(2024年9月18日放送分)では、伊藤沙莉演じる主人公の佐田寅子が、家族の皆に少年事件について考えを聞くシーンがあった。そこでは、森田望智演じる米谷花江がこんな発言をしている。

「正直、私はピンとはきていないわ。闇市の子どもたちみたいな子も……今はいないしね」

その後、ほかの家族からは「雀荘の周りには若い子がたむろしているよ」「ジャズ喫茶の近くにも気だるそうなガキがわんさか」「凶悪犯罪が起きているのは確かだけど、新聞やテレビが誇張して不安をあおっている部分があるんじゃないか」などという声があがり、少年犯罪の様相が変化してきたことが、ドラマでは描写されていた。

実際の件数でみれば、戦後の混乱が収束するなかで、少年事件は昭和27(1952)年をピークに落ち着いていく。しかし、昭和30(1955)年頃から再び増加に転じている。

シンナーやボンド遊びといった非行が横行し、自動車やオートバイの所有台数が伸びたことを受けて、少年が起こす交通事故も増えた。そして、昭和40年代からは学生運動が急速に広がり、多くの学生たちが逮捕されることになる。

嘉子が着任した昭和38(1963)年頃には、少年事件を扱う少年院、補導委託先、家庭裁判所のいずれもが、パンク状態に陥っており、嘉子曰く「もうそれこそ破産状態だったと言ってもいいと思うんです」という有様だった。

ゆっくりと話すようになった嘉子

そうなると、どうしても家庭裁判所の裁判官も、多忙さから事務的な対応に陥りがちだが、嘉子は違った。

少年や保護者に対して、嘉子は自分の考えを押し付けることもなければ、「お前は悪いことをしたんだ」と説教することもなかった。まずは「なぜあなたがこういうことをしたのか」「どうしてこうなったのか」を、自分でしっかりと考えてもらうようにしていた。

そして、少年院に入ってもらう理由や、試験観察の意義を、嘉子は丁寧に説明。かつては早口だった嘉子も、少年審判にかかわってからは、ことさらゆっくりと、相手の様子を観ながら語りかけるようになったという。

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