プロペラ動力も研究「新幹線を開発した男」の人生 「兵器に関係しない」鉄道へ転じた航空技術者
東洋経済オンライン / 2024年9月26日 6時0分
ところが、この調査会では、国鉄の財政状況や世の中の経済見通しから、広軌別線(新幹線)建設への慎重意見が根強く出され、議論は堂々巡りの様相を呈した(調査会では広軌別線案のほか、既存の線路に狭軌の線路を併設する狭軌併設案、狭軌別線案も検討された)。
業を煮やした十河は、「昭和16年かに広軌の複々線を既に着手したのである。これは充分検討の結果決定したことと思うので今更検討の必要はないとも実は思つていたくらいで、(中略)直ぐに結論が出ると思つていた」(第5回議事録)と、戦前の弾丸列車計画も引き合いに出すなどしながら、慎重派の説得を試みた。
だが、こうした必死の説得も慎重派の抵抗に遭い、具体的な結論が出ないまま、1957年2月の第5回を最後に調査会は散会となったのである。
このように窮地に陥った新幹線構想を救う、特筆すべき役割を果たしたのが三木だった。1957年5月30日、鉄研創立50周年記念行事の1つとして、その研究成果を、一般聴衆を集めて公表する講演会が催された。演題は「超特急列車、東京―大阪間3時間への可能性」(会場:山葉ホール)。講演者は三木忠直(車両について)、星野陽一(線路について)、松平精(乗心地と安全について)、河邊一(信号保安について)の4人だった。
この講演会で三木は、当時、存在感を増しつつあった航空機への対抗の見地から「東京―大阪を列車で3時間で結ぶためには、450~500km程度の距離(東海道本線は約560km)の広軌別線を敷設し、最高時速210km(表定速度170km、平坦線均衡速度 250km)ぐらい出さなければならない。車両は流線形、軽量、低重心の電車形式が有望」と自説を語った。
さらに、講演会に参加できなかった十河ら国鉄幹部に対して、後日、国鉄本社で行った説明会の席上で「この列車をつくらないかぎり、鉄道の未来はありません」と言い切った。
「実験には自信」開業前に鉄研を去る
当時の鉄道の状況を見ると、前年の1956年11月に米原―京都間が電化され、ようやく東海道本線の全線電化が完了し、特急「つばめ」「はと」の東京―大阪間が7時間半に短縮されたばかりだった。また、ビジネス特急「こだま」(東京―大阪間6時間50分)が登場するのは、翌1958年11月という時代である。それを3時間で大阪まで行くというのだから、まさに度肝を抜くような話だった。
講演会の内容は、マスコミを通じて報道され話題となり、一般の人々に「夢の超特急・新幹線が間近に迫っている」という期待を抱かせた。十河はこの効果を最大限に利用し、講演会から1カ月後の7月2日、宮沢胤勇(たねお)運輸大臣に対し、東海道本線の増強に関する適切な配慮を要請。次いで、8月30日の閣議決定を経て、運輸省に日本国有鉄道幹線調査会が設置された。
そして、講演会から4カ月後の9月27日、小田急SE車が国鉄(東海道本線)の線路を借りて実施したスピード試験で、当時の狭軌鉄道の世界記録となる時速145kmを記録。三木は、「狭軌ですら時速145kmが出せるのだから、広軌ならば時速200kmも夢ではない」と、じつに見事なタイミングで実証してみせたのだ。
それから6年後の1963年3月30日、神奈川県の鴨宮―綾瀬間(約32km)に建設されたモデル線で試験車両が、時速256kmという電車方式による世界最高速度(当時)を記録した。その様子を三木は自宅のテレビで見ていた。「自分の技術はすべて出し尽くした。実験には絶対の自信がある」との言葉を残し、すでに鉄研を退職していたのである。
森川 天喜:旅行・鉄道ジャーナリスト
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