エプソン初の大型買収に"沈黙"競合から困惑の声 845億円で米ソフト会社買収、問われるシナジー
東洋経済オンライン / 2024年10月11日 7時10分
エプソンはインクジェット領域でハードウェアの商品力に強みがある。近年は基幹部品であるインクジェットヘッドの外販を急速に伸ばしている。
一方でソフトウェアの開発は弱点だった。エプソン製品の中には、一部Fiery社からシステムを購入しているものもある。エプソンにとってFiery社の買収は、システムの弱みを補完する意味がある。今後は「Fiery社の既存ビジネスであるシステム外販は続けながら、エプソンとしては産業領域を中心に自社の印刷機にシステムを組み込んでいく」(エプソン広報)と意気込む。
Fiery社はもともと、アメリカのナスダック市場に上場していたEFI社の一事業だった。EFI社は2019年に米投資ファンドのシリスキャピタルに買収され、上場廃止となった。そのため2018年分までは開示資料から業績を確認できる。業績トレンドをたどると、2015年をピークにFiery社の売上高が減少基調に転じている。
2015年までは、システムの性能が評価されて売上高は年率10%ほどの成長を遂げていた。ソフトウェアビジネスのため採算もよい。しかし2015年を境に、一部の顧客がシステムを自力で開発するようになったことなどが業績に響き始める。
2015年に3億ドル近くあった売上高は、2018年には2.4億ドルまで減少した。エプソンのリリースによれば直近の2023年の売上高は約2億ドルで、漸減傾向にある。
システムはプリンターを動かす上で非常に重要なため、顧客側も自社での開発に力を入れ、その質を高めている。Fiery社の主力製品は特殊な需要に応えるものなので置き換えは考えづらいが、市場の伸びは見込めない。さらに顧客による自前システムの充実が進めば、新規の案件獲得が難しくなる。
また、Fiery社は競合するプリンターメーカーに対しビジネスを行っているが、提案の流用が指摘されるなど不満の声も挙がる。これらの状況から、主力事業の成長は見込みづらいと推測される。
インクジェットでシナジー出せるか
既存ビジネスの伸びが見込めない中、Fiery社はインクジェットや産業用印刷を伸ばそうとしている。この方向性はエプソンと一致する。ただしFiery社は歴史的にトナーを使った印刷向けシステムに強みがあり、インクジェット向けではまだ日が浅い。
インクジェット向けのソフト開発では専門の有力プレイヤーが多く存在する中、インクジェット専門企業といえるエプソンがあえてFiery社を買収した理由については、エプソンの説明を待たなければわからない。
2023年にシリスキャピタルは、Fiery事業をEFI社から分離して独立会社化した。Fiery社のCEOはその際、「顧客を成功に導く中立的なパートナーとしての役割を、より一層果たせるようになった」とコメントしている。EFI社は印刷機も手がけているため、先のコメントは自社と顧客が競合しない体制が望ましい、と言っているように受け取れる。
しかしこの度、Fiery社は顧客のうちの1社であるエプソンに売却されることになった。Fiery社は社名・組織は既存の体制を維持するというが、顧客と競合する立場で、ソフト外販をどう伸ばしていくのか。また、既存の体制を維持したまま、エプソンはFiery社の資源や資産を思うように活用できるのだろうか。
業界内から驚きと疑問の声が挙がるFiery社の買収。エプソンはどのように成長戦略を描き、果実を手にするのか。
吉野 月華:東洋経済 記者
山下 美沙:東洋経済 記者
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