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「お前のことがムカつく」友人のメールに思うこと 燃え殻「迷惑をかけたあの日のこと」と彼の記憶

東洋経済オンライン / 2024年10月24日 15時0分

東京で打ち合わせが終わって、まだ昼くらいだったとする。「急に上げないといけない原稿がない、でもホトホト疲れた」。そんなときは、東横線に乗って横浜まで出てしまう。そこから乗り継いで桜木町まで行く。野毛の繁華街の、昼からやっている飲み屋で一杯ひっかけ、程よく酔っ払ったら、『シネマ・ジャック&ベティ』を目指す。

その道すがら、年齢不詳、職業不定の愛すべき人たちが、ベンチや生垣にもう何年も座っているかのような存在感で鎮座ましましている。ワンカップをスポーツドリンクのように飲んでいる人生の先輩を眺めていると、こちらが悩んでいることや、気にしていることなどが馬鹿ばかしく見えてくる。

魂の回復

映画『羊の木』を『シネマ・ジャック&ベティ』の一番後ろの席で観たときのことだ。エンドロールが流れ終わり、館内が明るくなると、僕の隣に座っていた女性が「あのう、すみません。最後のところなんですが、海に落ちたあと男は助かったんですか?」と聞いてきた。最初は驚いたが、すぐに僕は状況を理解した。彼女は目が不自由な人だった。僕は、最後のシーンを憶えている範囲でできるだけ詳しく説明をした。

すると女性は、「スッキリしました。今日で三回目だったんですけど、最後のところだけどうしてもわからなくて」と笑顔になる。「ありがとうございます。ではトイレに……」。女性が席を立つ。トイレまで案内しますよ、と僕は手を取ろうとしたが、「慣れてますから、大丈夫ですよ」と微笑んで、女性はトイレまで杖を使いながら歩いていってしまった。彼女は映画館の常連で、トイレの場所は完全に把握しているようだった。『シネマ・ジャック&ベティ』は彼女にとって、日々を生きる上での大切な避難場所なのだと思った。

その日、映画館を出ると、外は夕暮れで、大勢の人たちが川沿いを歩いていた。赤と青のネオン管。タイ料理の店の横に、中華料理屋があって、その横にはモクモクと煙を出すホルモン屋が並ぶ。『シネマ・ジャック&ベティ』から路地を曲がると、焼酎の種類がやけに多い立ち飲み屋がある。そこでしこたま飲んで、疲れたらビジネスホテルで寝てしまうのがだいたいのコース。大自然の中での森林浴のように、伊勢佐木町の妖しい灯りを全身に浴びながら路地を歩いていると、魂が回復していくのがわかった。

燃え殻:作家

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