福島原発事故、国策に抗った元町長、孤高の闘い 1審だけで9年、「井戸川裁判」傍聴記(前編)
東洋経済オンライン / 2024年10月24日 8時20分
原発事故の発生直後、井戸川は混乱を極めていた国や福島県を見限り、独自につてをたどって埼玉に避難民を導いた。だが、原発の炉心の状態が落ち着いてくると、すぐさま国と福島県は反攻に転じ、「福島復興」の名の下に一方的な政策を繰り出していく。
国は避難指示と連動する東電による賠償の基準である「中間指針」を策定。さらに避難指示の早期解除のため放射性物質で汚染された住宅などの除染を進め、剥ぎ取った汚染土を運び込む中間貯蔵施設を、双葉町に置くことを計画した。
井戸川は避難指示区域の再編、中間指針、中間貯蔵施設といった政府の方針を「受け入れる理由がない」と拒んだが、足元から切り崩された。双葉町議会は2012年12月、町長不信任決議案を全会一致で可決。井戸川は翌年2月、町長辞職に追い込まれたのである。
福島県知事選に出馬、国策の誤りを訴える
それでも井戸川は闘い続けた。
2014年10月には勝つ見込みがないと知りつつ福島県知事選挙に立候補した。選挙の場を借りて国策の誤りと復興の欺瞞を広く伝える狙いだった。井戸川は知事選の告示日、福島県いわき市内の仮設住宅で、部屋から出てこない双葉町民に向けて声を張り上げた。
「皆さんが私に複雑な思いを持っていることはわかっている。だが、権利を踏みにじられて、中間貯蔵施設を押し付けられ、これで納得するほうがおかしい。昔、足尾銅山によって壊された村があった。それと同じことになる。元通りに戻せと叫びましょう」
少し離れた木の下に大きな犬を連れて演説を聴く男性がいた。井戸川と近所の幼なじみで、茨城県内に避難中だという。井戸川をどう思うか尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「中間貯蔵施設なんて、人の要らないものは私たちも要らないんだから。あまりに馬鹿にした話だよね。井戸川さんが言っていることが正しいのはわかってっけど……。まあ、昔から折り合いがつかん人だよね」
井戸川は2015年5月20日、国と東電を相手取り東京地裁に損害賠償訴訟を起こした。提訴後の記者会見の画像が私の元に残されている。
中央に座る井戸川の左には弁護団長の宇都宮健児弁護士(元日本弁護士連合会会長)、右には事務局長の猪股正弁護士。いずれも消費者問題で高名な〝社会派〟の弁護士だ。2人の他にも災害や公害の問題に取り組む気鋭の弁護士たちが参加した。
ところが約1年後、井戸川は彼らを解任した。この頃すでに各地で起きていた避難者訴訟の定型に当てはめ、双葉町民の集団訴訟を目指す弁護団と対立したのだ。「避難者の集団訴訟になれば、誰もが共有できる被害しか取り上げられず、町長として直面した国策の誤りと復興の欺瞞は争点にならない」。井戸川はそう考えた。
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