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「医師で作家」が精神崩壊寸前で気づいた"幸せ" 「勝ちまくった人はいずれ精神に変調をきたす」

東洋経済オンライン / 2024年10月26日 17時0分

覚えが良くなったわけではないけど、大学では僕なりに一生懸命学んだ。医学生のうちの無数の試験たちは、相変わらず暗記力を要求されるものだったから、苦戦はした。

6年の最後である医師国家試験の勉強は、18年経った今でもたまに夢に見る。恐怖に泣き出すやつ、パニックになって夜に彼女を鹿児島から呼び出すやつ、試合中にトイレで吐くやつ、いろんなことがある3日間の試験だった。

ここまでの試験は、100メートル走とか水泳自由形みたいな、まったくの個人競技だ。社会人になって、僕の場合は医者になってからは、個人だけではどうしようもないことが多くなる。友人が「社会人はチーム戦」と言ったが、本当にそうだ。ここには暗記力以外の能力が必要になる。

たとえば、適切な人に助けを求める能力。相談したらきちんとお礼をする能力。相談できるような友達を作る能力、などだ。もしかしたら僕は、チーム戦のほうが得意だったかもしれない。とても幸運なことに僕の周りには僕を引っ張り上げようとしてくれる人や、僕が幸せになるように努力してくれる人がいた。どれほど恩返しをしてもしたりない人が、僕の人生には何人も登場する。

「勝ち」にこだわる看板をおろした

そんなふうにしてこれまで100戦のうち50勝50敗くらいで、僕はなんとかやってきた。

そうして年を重ね、40歳を過ぎる頃にこんなことに気づいた。

「勝ち負けにこだわることは、何かを成し遂げるうえでとても大切なことだ。でも、異常なまでにこだわると精神が破壊される。この世で勝ちまくった人はいずれ精神に変調をきたす。そこまでして勝ちたいかどうか、自分の頭で考えて決めなければ」

僕の30代は、勝つことが多かったと思う。

医者として専門医の資格を次々に取り、技術を高めた。作家としては初めての本を出し、小説を書いて出し、ドラマにもしてもらい、『泣くな研修医』シリーズはベストセラーになった。医学書も書いた。

でも、あまりに忙しくて自分の生活なんてどこにもなかった。

そうして僕は、そこに家事育児という仕事が加わり、心が壊れる寸前までいった。あまりに多くのことをしたから、いつどうやって休んでいたのか思い出せない。そうして気づいた。

そうか、「勝ち負け」と「幸せ」はまったく別のものなのだ、と。

勝ちまくった人が幸せだろうか。羨ましいけど、幸せそうには見えない人ばかりだ。有名人なんて離婚したり薬物をやったり、プライベートを暴かれたり、嫌な目にあってばかりではないか。僕は、はるか遠くに掲げた目標の「勝ち」という看板を外し、代わりに「幸せ」に掛け替えたのだ。

僕はともかく「幸せ」にフォーカスすることにした。もう少しわかりやすく言うと、「自分と自分の家族の幸せを第一に追求する」だ。

僕が「幸せ」を追い求めることになってどう変わったか。勝っても負けても、「まあこんなもんかな」と冷静に見つめることができるようになった。いろんな勝負はあるけれど、その中で、幸せが最大限になる選択肢はどれかな、と考えるようになったんだ。

そしてどうなったか?

これは大きな変化だった。自分が本当にやりたいことだけをやる、と決めたのだ。

僕は今、いろんなお医者さんと一緒になって本を作っている。「初めての教科書を書きませんか」とおせっかいにも持ちかけ、一緒に内容を考え、出版社の編集者さんとともに原稿を磨き上げていく。

他にも、大学で学生さんに講義をしている。いただくお金は学生のアルバイト代より安い。それでも、幸せを感じるから引き受けるようにしている。

中山 祐次郎:外科医

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