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暴力・歴史・苦痛をひもとくノーベル賞作家の視点 ハン・ガン、個人の記憶・苦痛を探究し文壇揺るがす

東洋経済オンライン / 2024年10月28日 9時0分

1994年1月、ソウル新聞新春文芸賞の授賞式。右端・後段の女性が当時のハン・ガン氏(写真・ソウル新聞)

「ドンシクは、道路の向こう側の建物の間に燃え尽きていく夕暮れを見ていた」

1994年ソウル新聞新春文芸当選作「赤い錨」の最初の一文だ。これが、10日(現地時間)、韓国人として初めてノーベル文学賞を受賞した小説家ハン・ガン(53)の始まりを告げる合図であった。

掲載当時、「ハン・ガンヒョン」というペンネームを使っていたハン・ガンは、強烈なインパクトを持つ作品『赤い錨』の世界を通じて歴代の韓国文学の先輩小説家たちの作品とはまったく異なる新しい美学の境地を開いた。

「作家としての始まりから人並み外れていた」

当時の主流だった民衆文学とリアリズムという傾向と決別し、個人のおぞましい記憶とそれが照らし出す人間的実存のおぞましい苦痛を熾烈に探究した。「始まりから人並み外れていた」ハン・ガンの文学は、結果としてちょうど30年目に世界を魅了することとなった。

ハン・ガンの初小説集は1995年に出版された『麗水(ヨス)の愛』だ。「文学と知性社」という出版社から出版されたもので、『赤い錨』もここに収録された。『赤い錨』では、酒に頼って生きた末に死んだ父親の幻影を見るようになる主人公「ドンシク」と、その家族の物寂しい日常を描く。

表題作『麗水の愛』は、幼い頃に父親が妹とともに心中した事件をきっかけに潔癖症に苦しむ女性「ジャフン」を描き、苦しい記憶の生まれた地である韓国南部・麗水へと向かう物語だ。

以後、1999年の韓国小説文学賞受賞作である中編『子ども仏』まで、初期のハン・ガンは人間の内面とそれを構成している記憶、トラウマといったものに踏み込んだ。

強迫と不安を抱える今の「私」はどのように構成された存在なのか。登壇したばかりのハン・ガンが絶えず問いかけ続けた質問だ。

「わたしの手に血が付いていた。私の口にも。あの納屋で、わたしは落ちていた肉の塊を拾って食べたのよ。わたしの歯ぐきと上あごにくにゃっとやわらかい生肉をこすって赤い血を塗ったから。納屋の床、血だまりに映ったわたしの目が光っていたわ」(『菜食主義者』きむ・ふな訳、CUON、21~22ページ)

ハン・ガンを世界的作家の地位に押し上げた小説『菜食主義者』(2007年)の一節だ。主人公「ヨンヘ」は家父長的暴力と抑圧から抜け出し、植物への変身を熱望する人物だ。

前述の一文はヨンヘが見た夢を描写したものだ。ハン・ガンは小説で活字のイタリック体を多く使用するのだが、これが本格的に活用され始めたのも「菜食主義者」からだ。人間の苦痛と病とは、結局、何かしらの暴力の結果であろう。ハン・ガンはそんな暴力のイメージを詩的な文章で巧みに描き出した。ならば、暴力はいかに再現されるのか。ハン・ガンは内面で歴史に目を向ける。

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