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百田尚樹「"子宮摘出"発言」どれほどヤバすぎたか 「フィクション」で許されるラインとの境界線は?

東洋経済オンライン / 2024年11月12日 15時30分

近しいケースとしては、今年の10月17日に講談社から発売されたマンガ雑誌『モーニング』に掲載された『社外取締役 島耕作』の描写が問題になり、講談社が謝罪に追い込まれた事件がある。

本作の中で、沖縄県の辺野古の米軍基地建設の反対運動について、登場人物の女性が「抗議する側もアルバイトでやっている人がたくさんいますよ。私も一日いくらの日当で雇われたことがありました」と発言しているが、デマを事実のように語っているという点が問題視されたのだ。

念のために補足しておくと、筆者は沖縄に4年間住んでおり、辺野古には2度行き、基地問題についても調べたことはあるが、反対運動をしている人がお金で雇われているという事実は確認できなかった。「ない」とは断言できないが、デマの可能性が高いと理解している。

本件について、「フィクションなのだから(作中人物の発言は)問題はない」「表現の自由だ」という意見もあったのだが、作者と講談社は謝罪をして、単行本化の際に内容を修正するという方針を示している。

筆者としては、フィクションであったとしても、風説の流布をしかねないような表現は好ましくないため、謝罪と表現の訂正は妥当な判断だったと考えている。

政治性は薄いのだが、2013年に村上春樹氏が『文藝春秋』に発表した短編小説『ドライブ・マイ・カー』の文中の表現が問題視されたことがあった。

小さく短く息をつき、火のついた煙草をそのまま窓の外に弾いて捨てた。たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう。(村上春樹『ドライブ・マイ・カー』より)

中頓別は北海道の実在の町だが、これに対して、中頓別町の町会議員、宮崎泰宗氏から「偏見と誤解が広がる」という抗議が出された。これを受けて、単行本では、町名は「上十二滝町」という架空の町名に改められている。

村上氏の小説の表現は、「深刻な問題」とまでは言えないと思うが、それでも修正を行ったことを考えると、「フィクションだから何を言ってもよい」ということにはならないだろう。

「百田氏発言」の解釈の難しさ

百田尚樹氏は、小説家でもあり、日本保守党の党首、すなわち政治家でもあるという点が、微妙なところである。

このたびの百田氏の発言は、政治家としての発言であることを考えると、単純な「創作物」として捉えることもできない。

もう1つ、参考になりそうな事例がある。少し古くなるが、2017年に作家の筒井康隆氏が、慰安婦少女の像に対して性的な侮辱をするような投稿をTwitterに行って物議を醸した件だ。

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