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ことさらに口説かずとも好意を仄めかす男の心中 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑪

東洋経済オンライン / 2024年11月17日 16時0分

「ことならば馴(な)らしの枝(えだ)にならさなむ葉守(はもり)の神のゆるしありきと
(同じことなら、この枝のように親しくしていただきたい、柏木に宿る神──亡き君が許してくださるとお思いになって)

御簾の外という他人行儀なお扱いがうらめしい」と、大将は下長押(しもなげし)に寄りかかって座っている。

夫がいないからといって

「優美なお姿がまた、なんともいえずたおやかでいらっしゃる」と女房たちは互いにつつき合っている。大将の相手をしている少将の君という女房に取り次がせて、

「柏木(かしはぎ)に葉守(はもり)の神はまさずとも人ならすべき宿の梢(こずゑ)か
(柏木に宿る神──夫がいないからといって、ほかの人を近づけてもよいこの宿の梢でしょうか)

唐突なお言葉に、お心も浅いように思ってしまいます」との返事がある。大将は、たしかにその通りだと思い、ちいさく苦笑する。

御息所がいざり出てくる気配がするので大将はそっと居住まいを正した。

「つらい世の中を嘆いて沈んでいる日々が続き、そのせいでしょうか、気分がすぐれず、どういうわけかぼんやり過ごしていますが、このようにたびたび重ねてご訪問くださいまして、本当にありがたく思っておりますので、気力を奮い立たせてお目に掛からせていただきます」と、御息所はたしかに苦しそうな様子である。

「お嘆きになるのはもっともですが、しかしそんなに悲しんでばかりいらっしゃるのもいかがなものでしょう。何ごともそうなるさだめなのでしょう。悲しみもきっといつかおさまりますよ」と大将はなぐさめる。そして心中で、この女宮は噂に聞いていたよりも心の奥が深い方のようだけれど、かわいそうに、夫を亡くした悲しみに加えて、世間の笑い者となることを悩んでいるのだろう……、と思うと、心がざわつき、大将はたいそうねんごろに宮の様子を御息所に訊いてみる。宮の顔立ちはそうすばらしくはないだろうけれど、見苦しくて見ていられないほどでないならば……。どうして見た目がよくないからといって、妻に飽きたり、道に外れた恋に溺れたりしていいものか、みっともないではないか。やはり結局のところ大切なのは、気立てではないか、と大将は思うのである。

「どうぞ私を亡き人と同じようにお考えになって、遠慮なさらずにおつきあいください」などと、ことさらに口説くわけではないが、親しげに好意をほのめかす。直衣(のうし)姿はじつにきりっとして、身の丈は堂々として、すらりとして見える。

いっそのこと

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