軍事のプロ解説「公開情報だけで分析する方法」 米露の情報機関も9割以上は公開情報を元に分析
東洋経済オンライン / 2024年11月26日 16時0分
これは公刊情報を個別に扱うのではなくて、一種のメタ情報として扱うアプローチですね。前述した深読みとは逆です。相手の言っていることを一旦真に受けて、その通りに表計算ソフトなんかに入力していく。するとそこに一定の傾向が見えてきたり、あるいは全くでたらめばかり言ってるんじゃないか? という疑いが生まれてきたりします。
第3に、情報の中には隠しておいたら無意味になる、という種類のものがあります。
スタンリー・キューブリックの映画『博士の異常な愛情』に、こんなシーンがあることを覚えている方もいるでしょう。ソ連には、アメリカの核攻撃に対して自動的に報復を行う兵器(世界破滅マシーン)がある、というソ連大使に、ストレンジラブ博士がこう詰め寄ります。「そんな兵器が存在するなら公表しなければ意味がない。なぜ隠していたのだ!?」
軍事力というのは抑止力としての側面を持っていますから、「こっちは強いんだぞ」とか「我々に手を出したら破滅だぞ」とアピールしないといけないわけです。その詳しい数や性能までは明らかにできないとしても、全く知られていないのでは意味がない。
だから、OSINTを丹念にやっていくと、分析対象が「みんなに知っていてほしいこと」がかなり明確にわかってきます。
人情とコンプライアンス
第4に、人情として隠しておきにくい情報というものがあります。例えば冠婚葬祭に関する情報なんかがそうですね。新聞にはよくこういう情報が載ります。
これだけでは大した情報になりませんが、第二次世界大戦直前、スイスのある歯医者がとんでもない活用法を思いつきました。ドイツの全地方紙を取り寄せ、葬儀の出席者欄に記載された軍人たちの階級や所属を片っ端からリスト化していったのです。
XX市の元市長の葬儀出席者リストの中に、第○○装甲擲弾兵師団長△△大佐という名前があった、というような情報を丹念に抜き出していったわけですね。これをずっと続けていくと、ドイツ軍にはどのような種類の師団が何個あり、指揮官は誰なのかということがほぼ明らかになってしまいました。
最後に、分析対象はその対象なりにコンプライアンスに縛られているということを指摘しておきたいと思います。中国とかロシア、北朝鮮、イランなんかを見ているとまるで好き勝手をやっているように見えますが、実際にはそうではありません。
例えばロシアには常設の議会がありますから、いかにプーチン大統領といえども、何かするときには議会を通す必要が出てきます。ということは、議会内の委員会にかけて、それから本会議の第一読会があって、第二読会をやって……と、手順は意外と西側民主主義国と変わりません。その過程では大量の資料や議事録が作られます。一部は機密扱いされるにしても、全部秘密にはできませんから、比較的当たり障りのなさそうなものは議会のサイトに公開されます(そしてこのサイトがなかなかよくできている)。
こういう「コンプライアンス上、出さざるを得ない情報」が、OSINTの格好の材料となるわけです。
公開情報の読み方
1.「ある程度の事実」を深読みする
(例:戦況報道も全くの噓ばかりは書けない)
2.情報の傾向の変化を差分する
(例:戦果報告の変化)
3.対象が「みんなに知らせたい情報」からつかむ
(例:抑止力としたい情報)
4.人情として隠しにくい情報から読む
(例:冠婚葬祭など)
5.コンプライアンス上、出さざるを得ない情報を見る
(例:予算)
小泉 悠:東京大学先端科学技術研究センター 准教授
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