出生の秘密を知る者との、思いがけない「出会い」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫④
東洋経済オンライン / 2024年12月15日 16時0分
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 6 』から第45帖「橋姫(はしひめ)」を全7回でお送りする。
光源氏の死後を描いた、源氏物語の最終パート「宇治十帖」の冒頭である「橋姫」。自身の出生に疑問を抱く薫(かおる)は、宇治の人々と交流する中でその秘密に迫っていき……。
「橋姫」を最初から読む:妻亡き後に2人の娘、世を捨てきれない親王の心境
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しみじみと心動かされる
「私の勘違いだったかもしれないけれど、撥は月にも縁がないわけではないもの。ここを隠月(いんげつ)と言うでしょう」と、琵琶の、撥をおさめるところを指して、くつろいで言い合っている二人は、まるで今まで想像していたのとは違い、じつに親しみやすそうで魅力的である。昔の物語などで語り継がれていて、若い女房たちが読んでいるものを聞くと、かならずこんな山里に思いがけない姫君がいて……、などと言っているけれど、まさかそんなことがあるはずないと腹立たしくも思えるのだが、なるほどこうも心惹かれることが隠れたところにはある世の中なのか、と姫君たちに思いが移りそうである。霧が深いので、姫君たちの姿ははっきりとは見えそうもない。また月がさし出(い)でてくれないものかと思っていると、奥のほうから女房が「どなたかお越しです」と知らせたのか、簾を下ろしてみな奥へ入ってしまった。それでも慌てた様子はなく、穏やかな物腰でそっと身を隠す二人の様子は、衣擦(きぬず)れの音もせず、じつにやわらかでいたわしくもあり、さらにたいそう気高く優美なので、中将はしみじみと心動かされる。
中将はそっとその場を立ち去って、京から帰りの車を引いてくるように使者を走らせる。先ほどの宿直人に、
「折悪(おりあ)しく宮のお留守に伺ってしまったが、かえってうれしいことに、ずっと思っていたこともかなえられた気がするよ。こうして伺ったことを姫君たちに伝えてくれ。ひどく濡れてしまった恨み言もお耳に入れたいものだ」と言うので、宿直人はそのように取り次いだ。姫君たちは、かように姿まで見られてしまったとは思いも寄らず、気を許して弾いていた琴の音を聴かれてしまったのではないかとたいそう恥ずかしく思う。不思議なほどにかぐわしい匂いのする風が吹いていたのに、まさか中将が来訪しているとは思いもしなかったので、気づかなかったとはうかつなことだった、と動揺してただ恥ずかしがっている。伝言を取り次ぐ者もまったくもの馴れない人のようなので、何ごとも時と場合による、と中将は思い、まだ霧のためによく見えないので、先ほど巻き上げられていた御簾(みす)の前に歩み出て、そこにひざまずく。いかにも田舎びた若い女房たちは応対する言葉も思いつかず、敷物などを差し出すのもぎこちない様子である。
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