40年前の「牧歌的な渋谷」が外国人の街になるまで 東急vs.西武の「百貨店20年戦争」が生んだ好循環
東洋経済オンライン / 2024年12月17日 8時0分
この頃しみじみと感じるのは「昭和は遠くなりにけり」ということだ。昭和最後の年1989(昭和64・平成元)年からすでに35年が過ぎ、当時を知らない世代も増えている。
このほど、来年で設立130周年になる東洋経済新報社の写真部に保管されていた昭和の街角写真がデジタル化された。本連載では、そこに写し出されている風景から時代の深層を読み取っていく。
第2回となる今回は、1980~90年代の東京・渋谷の写真を紹介する。
(第1回『60年前の「アジアっぽい東京」が今の姿になるまで』)
牧歌的にも感じる1980年代の渋谷
渋谷駅前のスクランブル交差点は、昼も夜もスマホで写真や動画を撮る外国人観光客だらけ。特に夜は交差点一帯がライブ会場のような盛り上がりを見せていて、以前からの渋谷を知る身としては驚くばかりだ。
交差点を取り囲むいくつもの巨大なスクリーンヴィジョンには、次々に映し出される映像や広告。空を見上げると、街のあちこちに超高層ビルがそびえている。
一方で、1980年代後半のスクランブル交差点はといえば、西武百貨店や東急のファッションビル“109”、渋谷駅前ビル、フルーツパーラーの西村など、40年以上を経た今も健在であるビルが多く立ち並んでいるが、現在と比較するとなんだか牧歌的な風景にも感じられる。
【写真24枚】1980~90年代の渋谷。現在ヒカリエが建つ場所の40年前はこんな感じ。巨大スクリーンのあるビル「Qフロント」がまだなかった頃のスクランブル交差点。コギャル文化の全盛期のセンター街を歩く高校生たち
渋谷が東京の副都心として大きく発展するきっかけとなったのは1964年の東京オリンピックだった。
会場である神宮地区と駒沢地区の中間地点に位置していたため、大会前には、二地点をつなぐ国道246号(青山通り、玉川通り)の拡幅や、高速道路の建設などが進み、駅周辺にこぢんまりとまとまっていた繁華街をより広範囲にする都市計画も実現していった。また、NHKが内幸町から渋谷へと徐々に移転し、放送局のある街という華やかな要素も加わった。
昔から東急の“おひざ元”
それ以前から、渋谷は東急電鉄の東横線、玉電(玉川電気鉄道、後に田園都市線にその役割を引き継ぐ)の主要ターミナルであり、東急が本社を構える街だった。
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