老舗バレエ団が動画配信、華やかさの裏の"現実" ロシア帰りのバレリーナが厳しい国内事情を告白
東洋経済オンライン / 2024年12月21日 11時30分
「チケットノルマがないのが大きかったです」
チケットノルマ。よく芸人のエピソードトークで出てくるワードなので、僕にも聞き馴染みがあったが、この言葉がアリスさんの口から出てきたのは意外というほかなかった。
チケットノルマとは、出演者が本番前にチケットを一定数渡され、自らが営業マンとなり売り捌き、もし売れ残ればその分の損失を自ら被るシステムだ。
僕にはわからないバレエの専門的な話が飛び出してくるのではと身構えていたが、率直すぎるアリスさんの入団理由にどこか親近感を覚えた。就活の時に給与面の待遇を見て就職する会社を決める大学生となんら変わりない。
「関西から上京してきているから、東京に知り合いも少ない。チケットノルマがあると売るのが大変だと思って……」
芸人の世界同様、日本のバレエ界ではチケットノルマがあるのは当たり前だという。アリスさんがいた海外ではどうなのか。
「ロシアでもチケットノルマはあるんですか?」
「ないですよ。むしろ固定でお給料が出ます」
半分笑いながらアリスさんは言った。ロシアにチケットノルマがあるわけないじゃないですか、冗談よしてくださいよ――口にしないまでも、その半笑いにはそんなツッコミが含まれていたに違いない。
日本とロシア。国が変わるだけでなぜこんなに違うのか。アリスさんは続ける。
「海外、特にロシアではバレエを観るということが文化になっていて、日常なんです。日本人が映画を見るような感覚でバレエを観に行きます。だからわざわざバレリーナ本人がチケットを売らないといけないなんて考えられません。
ロシアのバレエ公演のチケットは、高い席だと1枚5万円くらいするのですが、それもすぐ完売します。チケットを取るのも一苦労です」
5万円が即完売。バレエでなくとも、何かの舞台を見るのに5万円払おうと思ったことが正直言って僕にはない。一体どんな客層が観にきているのだろう。
もはやここまで違うとなると、日本とロシアでは、同じバレエ公演といっても、舞台上でやっていること自体がまったく違うのでは? とさえ思えてくる。
「ロシアではお給料が出るけど日本は逆」
チケットノルマだけでも衝撃的な事実ではあったが、さらに驚いたのが「団費」の話だった。
「ロシアではお給料が出るけど、日本では逆。私たち団員がバレエ団に団費を払うんです。習い事の月謝のように額が決まっていて、レッスン費などの諸経費として毎月支払います」
少し冗談っぽく笑いながら話すアリスさん。今はその現状を飲み込んではいるものの、最初はロシアと日本の想像以上の違いに動揺を隠せなかったという。
かく言う僕も次々と出てくるネットにはなかった新情報に脳の整理が追いついていなかった。
団費を払ってバレエを踊る。それはもはやプロと呼べるのか? それはもはや習い事に近いのではないか?
そんなことを思いつつも、たとえ完売してもチケット代だけではペイできないバレエ公演の状況を考えると、団費というものが必要だということなのか。そんな風に運営側の立場になって考えてみたりもした。
しかし、やはり国内でも有数の「プロバレエ団」の実情がこうなのだとは、どうしても簡単には納得できなかった。
もちろん公演に出演すればその都度、ダンサーにはギャラが支払われる。しかし普段から団費を払っていることを加味してプラスマイナスで考えれば――。
「もはや習い事ですよね」
再び冗談めかして話すアリスさんの表情には、笑顔とは裏腹に、日本でこれから踊っていくことへの不安が満ちているように見えた。
渡邊 永人:映像ディレクター
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