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ニューヨークの死体調査官が容疑者に抱いた感情 「死体と話す NY死体調査官が見た5000の死」

東洋経済オンライン / 2025年1月18日 15時1分

彼が驚いて顔を上げた瞬間、わたしはもがいて彼の身体の下から逃れ、膝を曲げてかかとでシートを強く蹴ると、頭が車から飛び出て地面に向かってぶら下がった。彼が起き上がる頃には、わたしはあと少しでドアから出るところだった。地面に落ちると、砂利が肩に食い込んだ。急いで立ち上がり、恐怖と恥ずかしさと怒りで泣きながら女子トイレに駆け込んだ。中にいた若い女性たちが集まってきて、ペーパータオルを水で濡らして、血がにじんだ唇とすり傷がついた顔を拭ってくれた。

「レイプされそうになった」。25歳ぐらいの女性たちの中で、一番年上の女性に話した。

「でもあなたは逃げた。もう大丈夫よ、よくやったわね」。彼女とそのボーイフレンドが家まで送ってくれた。そしてわたしは無言で怒りの壁を作った。

あの日、わたしは幸運だった。でも幸運に恵まれない人もいる。

ジョハリスがそうだ。

遺族の待合室でアーロン・キーが二人の刑事に拘束されていた。彼のDNAサンプルを採取する場所がそこしかなかったのだ。彼は手錠をかけられて、テーブルの前に座っていた。とても静かで、とても落ちついていた。整った顔立ちで、故ダイアナ妃が一世を風靡したのと同じように、上目づかいで恥ずかしそうに笑みを浮かべた。この卑劣な男が大勢の少女たちをだませたのも無理はない。ハンサムなのに、放っておけない迷子の子犬みたいだったのだ。

血液と毛髪のサンプルを採取するために、わたしもそこにいた。13歳のパオラが殺された時に犯人の陰毛が見つかり、証拠として八年間保管されていたのだ。ようやくDNAが一致するか確認できるチャンスがめぐってきた。かわいそうな少女たちのために、わたしにも何かができることがうれしかった。

残虐性を感じ取れなかった

「ミスター・キー。あなたの股間から陰毛を抜かなければなりません。不快な思いをするかもしれませんが、なるべく早く済ませます。いいですか?」。刑事たちの助けを借りてズボンを脱ぎながら、彼は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。あなたのようなレディにはしたない姿をお見せしてすみませんとでも言いたげに。

「わかりました、いいですよ。仕事なら仕方がないですね」。彼は協力的で、手錠をかけられて連行される時にわたしにお礼まで言った。

わたしは人間性を見きわめられると思っていた。あの男が幼い少女たちにやったことを見た。彼のサディズム、無邪気な子どもを傷つけたいという、凶悪で無慈悲な欲求がなしたことを見た。だが、彼の振る舞いからは残虐性を感じ取れなかった。前述したシリアルキラーの年上の共犯者ジョージ・コボと同様に、状況が違えば彼を魅力的な人だと思ったことだろう。

その後法廷で、キーは本音を暴露することになった。証言台に座っていた彼は、大声でわめき散らして、臓器売買をもくろむ監察医を隠蔽するために自分は濡れ衣を着せられたのだとがなり立てた。彼は法廷に向かって笑い、泣き叫び、「おまえらみんな、くたばりやがれ」と叫んだ。2001年1月、彼を収監するための一助として、わたしは検察側の証人として出廷することになった。

「5000人以上の遺体と向き合った死体調査官の記録」に続く

バーバラ・ブッチャー

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