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教育困難校通った彼女が"幸せ"だったと話す背景 学校内では様々なトラブルがあったものの…

東洋経済オンライン / 2025年1月31日 9時20分

※写真はイメージです(写真:EKAKI / PIXTA)

「教育困難」を考える本連載。今回は、偏差値40台の教育困難校の卒業生である高田さん(仮名)に学校の環境に関する話を、15年前に「教育困難」校を卒業した濱井正吾氏が伺いました。

大学進学者はわずか、就職する生徒が多数

今回お話を伺ったのは、首都圏にある教育困難高校(A高校)出身者の高田さん(仮名)です。

現在30代の高田さんは、約20年前にA高校に通っていました。ここ数年で一気に人口が増えたこの地域では、偏差値40台の高校が大半。その中で最も偏差値が低いのが、A高校でした。

至る所で牛や豚の匂いがする、「農業の文化」が根付く一方、過去には未成年を狙った凶悪な事件が何件も起きたことがあるほど、治安はあまりいいとは言えない地域でもあります。

そうした地域に存在する、教育困難校の事情について、話を伺いました。

高田さんが通っていたA高校の出身者は、地元の中学校から来る生徒が9割を占めていました。

学校の卒業生たちは、卒業後にそのまま就職するケースが大半で、専門学校、短大、4年制大学に通う生徒はごくわずか。A高校は、地元の高校を卒業した生徒が、地元の企業に就職する「地元完結型の学校」としての性質を持っていることがわかります。

高田さんは介護士として働く母親に育てられましたが、A高校のほかの生徒たちも、シングルマザーやシングルファザーなど、ひとり親に育てられた子どもたちが多かったようです。

退学者も多く、1年で学校に興味がなくなったり、妊娠が発覚したりして、学校を辞めた生徒もいました。

学校では万引きが横行

犯罪が多い地域であったことは前述の通りですが、学校内でも、万引きが横行するなど、いい教育環境とは言えない状況でした。

例えば、移動教室の場合、ロッカーに鍵をかけ忘れた人が1人でもいたら、すぐに盗難に遭うため、先生たちは常々「絶対に鍵をかけて教室を出なさい」と生徒たちに言っていたと高田さんは語ります。

「私が学校に在学していたとき、私のいたクラスだけで、『(私物が)ない!ない!』と騒ぎになったことが3〜4回ありました。全クラス・全学年で同じようなことが頻繁にあったので、先生たちも声掛けを徹底していました」

高田さんもこうした盗難に備え、ブランドものではない財布に少額のお金だけ入れて、学校に通っていました。

一方で、金髪やリーゼントといった、いわゆる「不良」系の生徒は少なく、学校全体で窓ガラスが割れたり、けんかが頻発していたわけではなかったようですが、校則は緩く、中には喫煙をしていた生徒もいて、校内では落ちている吸い殻を見かけたこともあったようです。

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