ピンチに陥った「蔦屋重三郎」救ってくれた人物 鱗形屋は信用失墜…重三郎はどう乗り切る?
東洋経済オンライン / 2025年2月8日 8時10分
今年の大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』は横浜流星さんが主演を務めます。今回は蔦屋重三郎に訪れたピンチについて解説します。
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鱗形屋孫兵衛が大きく信用落とす
安永7年(1778)、江戸の老舗出版社の主人・鱗形屋孫兵衛は、大名家の家臣が主家の宝物を質入れするのを仲介した罪により、信用が大きく失墜します。
【写真】吉原大門跡。蔦屋重三郎は吉原大門の近くで書店を開いた。
この不祥事で、鱗形屋がそれまで刊行していた黄表紙は、翌年(1779年)には、前年の12種から6種に激減。安永9年(1780)には、黄表紙の刊行がゼロという事態にまで追い込まれていくのです。
鱗形屋の系列であった蔦屋重三郎も、その煽りを受けます。
蔦屋も事件以降、出版点数が減り、『吉原細見』(江戸・吉原の情報誌)などを細々と刊行するだけの状態になってしまうのでした。
蔦屋の出版点数も事件前までは順調だったことを思えば、やはりこれは、鱗形屋の経営が悪化したことにより、系列が支援を受けづらくなったことが影響しているのでしょう。
そして今回の騒動は、蔦屋重三郎が業界に参入してから、初めての大きなピンチと言ってよいでしょう。
蔦屋重三郎が経営する書店はこのまま潰れてしまうのか?
ところが、そうはなりませんでした。事件後は苦しい状態だった出版点数。それが、安永9年(1780)になると、蔦屋は一気に15種もの書物を刊行するようになるのです。
蔦屋は元来、「吉原細見」の小売りからスタートしたのですが、この年の「吉原細見」の刊行は、わずか2種。最も多く刊行されたのは黄表紙で8種でした。
なかでも、目を引くのは、朋誠堂喜三二の黄表紙を3種(『竜都四国噂』『廓花扇観世水』『鐘入七人化粧』)も刊行していることです。
朋誠堂喜三二はどんな人物なのか?
では、朋誠堂喜三二とは何者なのでしょうか? 朋誠堂喜三二は変わった名前ですが、これは、本名ではありません。筆名(ペンネーム)です。
朋誠堂喜三二の本名は、平沢常富(1735〜1813)ですが、煩雑となるので、ここでは、喜三二で通します。
江戸時代中期の戯作者として知られる喜三二ですが、武士の家(寄合衆家臣・西村氏)の生まれです。少年時代には出羽国久保田(秋田)の藩士・平沢氏の養子となります。
その後は、藩主の小姓・近習・刀番となり、安永7年(1778)には、留守居役助役、天明4年(1784)には留守居役筆頭にまで出世するのです。ようは、久保田藩江戸屋敷の重役に出世したのでした。
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