最終回と二つの見守る星:【彼氏の顔が覚えられません 第45話】
Woman.excite / 2015年9月17日 18時0分
最終回と二つの見守る星:【彼氏の顔が覚えられません 第45話】
ライヴ会場から出た直後は止んでいたけど、外ではまだ少し雨が降っているようだ。
画像:(c)jun.SU. - Fotolia.com
23時半。駅構内の柱にずっと寄り添っている。こんなところにいても仕方ないのはわかってる。ただ、人の流れの中でオロオロしてたら吐きそうになって。ちょっと休憩。
でも、このまま帰れなかったら野宿になるかもしれない。大都会でハタチの女が一人で。いまごろコモリとかが、かばんを忘れた私のことを探してくれてるだろうか。
どちらにしても、交番に駆け込むべきだろう。でも、交番すらわからない。まだ会社帰りの人が多い。もう少し人の数が減ったら探しにいけるかもしれない。つまり、終電が無くなってからということになるんだけど。
そのとき、数人の男たちがこちらに近づいてきた。金髪頭、ヤンキースのキャップ、スキンヘッド。ジーンズのポケットに手をつっこみ、明らかにガラが悪そうな感じで。
「ねぇ彼女、誰かと待ち合わせ? それともナンパ待ち?」
一人が声をかけてきた。怯えながらも返事をする。
「ち、ちがいます。帰るつもりが、カバンを忘れてきちゃって…ライヴ会場に。でも、戻る道わかんないし」
「へぇ、そりゃ大変だ。会場の名前わかる? 探してやるよ」
地獄に仏か、と思った。けれど数十秒後に裏切られた。
「でも、まずは俺たちと一緒に飲もうよ。それから探すでも遅くないだろ」
「え、でも終電が…」
「いいじゃん、たまには終電も逃しちゃおう。せっかくのアンラッキーを俺たちとラッキーに変えよう。カバン忘れたのだって、きっと俺らと仲良くしてろって言う神の意志なんだよ」
意味不明なことを言われ、腕を捕まれる。痛い、と思うくらい強く。逃げられないように。「ちょっ…離してくださっ…」叫ぼうかとするけど、震えて声が出ない。誰か、助け…。
「お、おい…俺の、彼女に…なにしてんだ、よ…」
聞き覚えのある、潰れたテナーボイス。
「カ、カズヤ?」
「えっ…おぉ、なんだよ、彼氏持ちかよ…行こうぜ」
私から手を離し、あっさり離れていくチンピラたち。声をかけてくれた男性を見る。長い髪、ギターケース、ステージで着てたのと同じ服装…。
そして、急にへなへなっと地面に崩れ落ちる様子。
「ふあ、ビビった…」
このヘタレっぽくて残念な感じ…やっぱり、カズヤだ。
「探したぞ…カバン置き忘れてるって聞いて、慌てて…」
と、差し出す。ごてごてムダな荷物の入ったカバン。重かっただろうに。
「私のこと、よく見つけられたね」
「…そりゃ、俺、目がいいから。1キロくらい離れてたって見つけられるさ…ハハッ」
ヘタレながらも、必死に取り繕ってバカみたいなこと言ってる。しょうがない人。だけど、ちゃんと私のこと助けてくれた。
手を差し出す。カズヤはそれをまじまじと見つめ、握り返して立ち上がる。暖かい手。急に、視界がゆがむ。ヤバイ。そう思って、カズヤを抱きしめる。
「わっ、ちょ…」
戸惑いながらも、でも彼はちゃんと私の背中に手を回してくれる。暖かい。いい匂いがする。ずいぶん嗅いでなかった、だいすきな香り。
「やっぱり、嫌いになれない」
悔しいけど、そう言う。言っていいんだと思う。だって事実だから。なんてワガママな発言なんだろう。数時間前、ムリって言ったくせに。テキトー。私ってばすごいテキトー。カズヤに文句言う資格ない。
「俺も…イズミのこと好きだよ。イズミが俺の顔覚えてくれなくったっていい。マジで、気にしてないから! イズミが俺のこと見失っても、俺は絶対見失わない。一生、絶対見失わない!」
「カズヤ」
ぷっ。
「おっ…ちょ、今、何で吹き出した!?」
「だって、セリフ、クサすぎ。"絶対"とか使いすぎ。嘘ばっかり」
「う、嘘じゃねぇよ! 俺が"絶対"って言ったら、それはゼッッッタイで…」
「もう、わかったよ」
涙をふいて。もう一回カズヤと向き合って。
チュッ。
唇と唇を重ねる。
東京の夜がふけていく。周りの人々は、私たちのことなんて見てないだろう。見てくれてなくていい。「バカップル」とか思うなら、すぐに目を逸らしてほしい。
ただ、恥ずかしながら、私とカズヤは出会ってしまった。ここ東京で。これから二人、カズヤが言うように一生いっしょかなんてわからない。まだまだ、幼いカップルだけど、必死に生きている。ダメ女なりに。バカ男なりに。
「カズヤ、ところで終電は?」
「あ…」
0時近く。もう今から鎌倉なんて帰れない。
「しょうがないな、じゃあ――」
私の家に。そう言い掛けて、詰まる。部屋、散らかし放題だ。
「ネカフェ、行こうか」
「お、おぅ…」
やっぱり、ロマンチックじゃない。でも、それが私たちらしいんだろう。
外の雨はいつの間にか止んでいた。一部雨雲が退いた隙間から、星が見えている。強く、明るい二つの星が、まるで私たちを見守るように光っていた。
(おわり)
【恋愛小説『彼氏の顔が覚えられません』】
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(平原 学)
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