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「量から質へ」WOWOW社長・山本均が進める働き方改革

財界オンライン / 2024年5月10日 7時0分

「TOKYO VICE(トウキョウ・バイス)シーズン2」米国では動画配信サービス「Max」(旧HBOMax)で2月8日から、日本では4月6日からWOWOWで放送・配信中。

「テレビ局の勤務は徹夜という常識を変えたい」と語るのはWOWOW社長の山本均氏。同社は2年前から始まったハリウッドとの超大作ドラマの共同制作を通じて国際水準の働き方を学び、世界市場を意識したコンテンツ力向上を狙った組織改革を行おうと動いている。業界では、2023年4月から労働環境を是正するため「映適」(日本映画制作適正化機構)による認定制度も本格化する中、映像産業は大きな転換期がきている。


世界における日本の映像産業の遅れに〝危機感〟

「世代交代で組織の若返りを図り、大胆な改革に取り組む」─。4月1日からの新人事にWOWOW会長の田中晃氏はこう語った。新社長に就任した山本均氏を「若い人の能力を発揮させることに長けている」と評価。山本氏はこれまでコロナ渦の2年前からテレワーク開始、コロナ後もサテライトオフィスの導入を行い、テレビ局での徹夜は常識という働き方の抜本改革を進め、社員がよりクリエイティビティを発揮できる環境整備に努めてきた。

 現在、動画配信サービス業界ではAmazonプライム・ビデオ、Netflix、Huluなどの黒船に押されている状況。その中で「社員一人一人が腕を磨き独自性を発揮するという考えのもと、これまでオリジナルドラマの強化をしてきた」と山本氏。

 その一つの成果となったのは、業界最先端のハリウッドと共同制作を行ったドラマ『TOKYO VICE(トウキョウ・バイス)』(シーズン1は2022年4月から日米同時放送)。本作品は、1話分の製作費が日本ドラマ1クール分に相当し、総製作費は90億円。これは日本の一般的なドラマ製作費の20倍規模であり、いわゆる超大作と言われる。

 同作品のロケ地となった東京は、海外からは〝世界で最も撮影が難しい都市〟と言われている。その理由は、申請手続きが複雑、英語が話せる日本人スタッフがほぼいない、雇用条件等を契約ベースで仕事をする欧米人に対し、日本は詳細な契約がないまま仕事が始まってしまうというビジネス慣習の違いが挙げられる。同作品はそういった高い壁を乗り越え制作実現したものであり、日米両国で好評につき今年4月からシーズン2がWOWOWで配信スタートした。

 今回の東京ロケ実現には、同社のL.A事務所代表駐在員でチーフプロデューサーの鷲尾賀代氏が尽力。鷲尾氏は2011年から米国で活動を続け、数々の日米共同制作を実現。10年間の米国駐在中、円安等の経済的なメリットを挙げ日本でのロケをアピールしても、先述の理由からなかなか相手にしてもらえなかったという。

 長年の粘り強い活動の結果が実を結んでの本制作。同氏は2021年と2022年に米国ハリウッド・リポーター誌で『全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人』に2年連続で選出され、2023年には同誌の『国際的なテレビ業界で最もパワフルな女性35人』に選ばれた。

 日本の映像産業界の労働環境は劣悪だと言われてきたが、今回の日米共同制作を通じ、WOWOWの現場スタッフはハリウッド式での働き方を学ぶこととなった。具体的には週休2日、1日12時間以内の撮影、そこから次の撮影まで12時間は確実に間隔を空ける、温かい食事を提供する、雇用契約書にサインさせるなど、米国式ルールに則り撮影が執り行われた。

 ハリウッドでは雇用環境に対しストライキが起きるため、こういったルールが明確化されており厳守されるのが通常だ。莫大な製作費をかけての撮影のため、緊張感のある現場では一人ひとりがプロフェッショナルとして生産性を上げ、主体的に働くことで作品の質が上がる。

 日本の映像産業の遅れについて問題意識を持ち20年間活動をしてきた非営利法人のジャパン・フィルムコミッション事務局長の関根留理子氏は、「日本でのロケの受け入れ体制に対して各国からの目は冷ややか。日本は国として文化に価値を置いた経済政策が少なく現場スタッフの善意で支えられ成立してきたが、自転車操業の組織も多い。各国は文化に価値を置きビジネスと結び付けて力を入れる中、日本は多くのビジネスチャンスを逃している。近年内閣府の支援金が出る等、少しずつ改善してきてはいるが……」と現状課題を訴えた。

 国策としてエンターテイメント産業に力を入れている韓国では、この10年に国際水準に合わせた業界の働き方改革が行われていた。その結果、いまや韓国エンタメは世界で大盛況。

 労働環境を改善し優秀な人材が確保できなければ、国際競争力は高まらない。人口減が進む日本でも働き方改革を早急に進め、世界市場に向けたコンテンツ制作に真剣に取り組んでいく転換期にある。

 しかし、雇用環境を整えれば必然的に製作費は上がるという問題にぶつかる。解決策について業界関係者は、「年間500本の映画制作数は需要が供給を上回っている。業界繁栄のためには世界市場への拡大と、量を質に転換していくしかない」と口を揃えて話す。


各産業界に波及効果も

 日本が撮影ロケ地としてのハードルが高いのは前述した通りだが、翻って海外からの需要は非常に高い。2023年に公開されたトム・クルーズ主演の米国映画『ミッション:インポッシブル』(製作費約380億円)は、当初日本でのロケが検討されていたが、日本側の受け入れ体制がないため、結果ロケは他国に流れてしまった。

 海外作品制作のロケ誘致が成功すれば、日本にもたらす経済効果は莫大だ。今回の『TOKYO VICE(トウキョウ・バイス)』の撮影による日本の経済効果は総額約50億円。日本での撮影現場のスタッフは95%が日本人で、通常の国内ドラマ制作の5倍の人数が雇用された。撮影に伴い、東京だけでなく地方の宿泊施設や飲食業の地域経済も潤う。また長期的に見ても、作品がヒットすればインバウンドにもつながり、各業界への波及効果は計り知れないものがある。

「日本はコンテンツ力も高く技術も高い。世界市場に向けた国際水準の作品と、国内での撮影を国の産業にしていけば、観光業もさらに盛り上がる。映像制作を通して世界と日本の架け橋になりたい」と業界の状況改善に奔走する鷲尾氏。

 各業界への波及効果も大きいだけに、WOWOW社長の山本氏が推進する働き方改革に期待が高まっている。

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