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河北医療財団・河北博文理事長「『その人らしくいかに生きるか』という時代に『スマートホスピタル』を創りたい」

財界オンライン / 2021年8月17日 18時0分

河北博文・河北医療財団理事長

「民間の立場で自律の精神を中心にして医療に取り組んでいきたい」──河北医療財団理事長の河北氏はこう話す。その河北氏はソニー共同創業者の井深大氏、盛田昭夫氏の精神に共感を覚え、現在の社長・吉田憲一郎氏の「感動で世界を満たす」という考えに共鳴する。デジタル化が進む今、「スマートホスピタル」の実現や、新たな国家試験のあり方をどう考えるのか──。

SDGsを先取りした財団の理念
 ─ 前回、地域で内科診断学全般を身に着けた総合医で、患者の人生に寄り添う存在としての「家庭医」の重要性について話してもらいましたが、予防医療にもつながる存在ですね。

 河北 ええ。家庭医をもっと育成すればできると思います。ただ、家庭医が存在しているからといって、寿命が延びるとは限りません。寿命は長ければいいというものではなく、いかに「その人らしく」生きるかということが大切で、それに寄り添うのが家庭医です。

 我々、河北医療財団の理念は、1988年に制定しました。それは「社会文化を背景とし 地球環境と調和した よりよい医療への挑戦」 恕(おもいやり)と信頼です。

 ─ 今言われているSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)にも通じる考え方ですね。

 河北 そうした考え方は制定時から入っています。「社会文化を背景とし」が社会、「地球環境と調和した」が環境、「よりよい医療」が我々の本業ということになります。

 ガバナンスについて言えば、我々の訳では「自律」と言っています。民間の立場で、自律の精神を中心にして医療に取り組む。「律する」という部分がガバナンスだと考えています。

 ─ 医師でガバナンスを意識している人は、そこまで多くないと思いますが、河北さんが異業種で共感を覚える経営者はいますか。

 河北 ソニーを再生した平井一夫さん(現・シニアアドバイザー)、そして現在のリーダーである会長兼社長の吉田憲一郎さんはすごいと思っています。数字ではなく「感動」をキーワードに会社を導いていったリーダーだと思います。

 ─ ソニーを創業した井深大さん、盛田昭夫さんの精神にも通ずるものがありますね。DNAが受け継がれている。

 河北 はい。どんな意味を持って、言葉で組織をリードしていくことが、いかに大切かということです。数字は後から付いてくればいいと。

 その意味で、今の政治家の言葉の軽さには目を覆うものがあります。そして、彼らの発想は今生きている人達が何を期待しているかに捉われています。しかし社会は、それだけでは駄目だと思います。やはりもっと根底にあることについて考えなくてはいけません。

 ─ 自らの理念、原点を見つめ続けることが大事だということですね。

 河北 はい。私は日本医療機能評価機構の理事長も務めていますが、2020年に25周年を迎えました。

 この節目にあたって、25周年史を発行したのですが、この中で「将来へのメッセージ」をまとめました。

 まとめるにあたっては、津田塾大学総合政策学部教授で東京大学名誉教授の森田朗さん、元大蔵省で法政大学経済学部教授の小黒一正さんと、様々な議論をしました。

 この中では社会の成り立ちについて「公私官民」という形で分けました。「公」はパブリック、「私」はパーソナル、「官」はガバメント、「民」がプライベートです。

「公」と「私」は個人のマインド、「官」と「民」は運営主体として存在しており、これらのバランスが重要になります。この考え方で分けていくと、世の中のことが明確になります。

「最もパブリックなのはプライベートである」
 ─ 「私」、つまりパーソナルと「民」、つまりプライベートとは概念が違うんだと。

 河北 全く違います。おそらく、渋沢栄一や後藤新平といったリーダーは、このことをわかっていたと思いますが、今の政治家がわかっているとは思えません。このことを具現化したのはヤマト運輸の小倉昌男さんでした。

 例えば、今の日本の社会保障について、政治家は国民に対して「持続可能だ」と言いますが、今のままでは無理です。負担を増やし、給付を減らすことで持続させているのが現状です。これを適正な水準に維持するためには、民間の資金を活用することが必要です。

 ─ 民間の保険を大きくしなくてはいけないと。

 河北 そうです。生保、損保合わせての話ですが、民間の財源を入れて行かないと国がもちません。

 ─ 民間の側も、ますます「公」のことを考えていくということですね。

 河北 もちろんです。私は民間こそ「公」だと考えています。例えば、英国には「パブリックスクール」がありますが、全て私立、プライベートスクールなんです。

 私がシカゴ大学のビジネススクールで言われたのは、「最もパブリックなものはプライベートである」ということです。ですから、パブリックスクールはプライベートスクールなんです。プライベートセクターが「公」のことを担うのが社会の基本であり、そこでできないことだけをガバメント、政府が担うと。

 おそらく、そのことに気づいておられたのが、経済学者の宇沢弘文さんです。だからこそ「社会的共通資本(Social Overhead Capital)という概念を提唱されたのだと思います。宇沢さんはシカゴ大学の同僚だったミルトン・フリードマンを批判し、日本に帰国しました。

 私は週に1回、医療関係者を集めた早朝勉強会を主催してきました。1559回目には元外務事務次官で三菱商事取締役の齋木昭隆さんに講演をしてもらったのですが、実は1985年の29回目に宇沢さんをお呼びしたんです。

 その時にも「社会的共通資本」という言葉を使っておられました。宇沢さんはフリードマンの新自由主義はあまりにも行き過ぎていると考えていた。

 アダム・スミスは人が自己利益を追求しても「神の見えざる手」によって自然調和が図られて、社会全体の利益が達成されると説きましたが、そんなことはないと。

 やはり「人」が考えて、「社会的共通資本」的考え方、あるいはデフタ・パートナーズの原丈人さんが提唱している「公益資本主義」のような考え方を入れていかなくてはいけないと考えていた。それを実行していたのが、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一であり、台湾開拓や、関東大震災後の復興事業で大いに力を振るった後藤新平だったと思います。

【関連記事】河北医療財団・河北博文理事長「自分らしく、生き・死ぬために患者の人生に寄り添う『家庭医』の存在が重要」

「スマートホスピタル」実現に必要なこと
 ─ 産業界では巨大ITプラットフォーマーが金融を含め、あらゆる産業に手を伸ばしていますが、医療の世界はどうなると見ていますか。

 河北 今、アマゾンとマイクロソフトは徹底的に医療に入ってこようとしています。なぜなら、世界の全てのGDP(国内総生産)を合計してみると、約1京円あります。この中で医療は7%以上ありますから、約700兆円というお金が動いているわけです。世界最大の産業と言っていい規模ですが、そこにプラットフォーマーが目を付けないはずがありません。

 アマゾンはマーケティングから入ってきた会社ですから、医療分野の経済規模に着目しているだろうと思います。彼らは最初、書籍の流通が国によって違うことから、それを世界共通のシンプルな仕組みにしてもらおうという形で規模を拡大してきました。

 先程お話したように、日本の社会保障を今のまま放置していたら、プラットフォーマーが勝手に入ってきかねません。

 ─ 国の基本戦略に関わる話ですね。そして、なぜ日本でGAFAが生まれないかという話に通じます。

 河北 そうですね。今、実は日立製作所、ソニーとは様々な対話を進めています。ただ、その中では理解を得るのが難しいということを同時に実感しているところです。

 我々には新しい病院をつくる計画があるのですが、その病院を「スマートホスピタル」にしようと考えているんです。スマートホスピタルのポイントはデータですが、院内では位置情報など、患者さんのデータを把握できるようにしたいと思っています。

 患者さんには何らかの形でセンサーが入ったデバイスを身に着けてもらい、心拍数や呼吸、血圧などを、どこにいても測ることができるようにしていく。これによって、患者さんは院内で安全に過ごすことができます。

 また、職員にとっては、無駄な時間を費やさない、効率的な業務ができるようになります。位置情報を含めた仕組みがうまくいけば、これを広く地域に展開していきたいと考えているんです。それがスマートシティの実現につながります。

 ─ まさに点が線になり、面になるということですね。

 河北 そうですね。私はそのことを指して「ジンベエザメにしよう」と言っています。

 ─ その意味するところは何ですか?

 河北 いきなり変な言葉が出てきたと思われたかもしれませんが(笑)、ジンベエザメは世界最大の魚類です。そのジンベエザメにどんなサメがくっついているかというとコバンザメですが、私から見ると日本のスタートアップは全てコバンザメです。ですから我々はジンベエザメを創らなければいけない。

 ─ ジンベエザメを創る上で大事なことは何だと考えていますか。

 河北 最も基本になるのは「健康」だと思うんです。ですから、医療から仕掛けられないか? と考えて、日立やソニーと取り組みたいと思ったわけです。

医師国家試験を変える試み
 ─ そういう意味で医療経済が重要になってきますね。

 河北 そうですね。ただ、私が連携したいと考えているのは、大学も含めて医療系ではないんです。例えばゲーム会社などと組んでいきたい。

 実は今、厚生労働省の厚生労働科学研究費で「河北班」がスタートしたんです。これは医師の国家試験を変えようという試みになります。

 今、彼らが考えているのは、試験を紙で提出してもらって集計するのではなく、PCの中で完結する仕組みを構築することですが、それでは単に紙をデジタルに置き換えたもので、採点が簡単になるだけの話です。

 そうではなく、私が考えているのは、コンピュータの中に試験官が登場して、その人をバーチャルに診断することを試験にするんです。その診断の結果、受験者がどこに行き着くかを見ていく。これを国家試験にしたいのですが、ゲーム企業でなければ実現できないと思います。口頭試問をAIが行う様なイメージです。

 ─ 実現したら国家試験が大きく変わる話になりますね。

 河北 はい。ただ、これがうまくいくかどうかは、まだわかりません。国家試験をベースに様々なものを変えていくきっかけになるといいと思っています。

 ─ これは大学試験など、様々なものに応用ができそうですね。

 河北 もちろんです。私の問題意識としては、共通一次試験も、現在の大学入試センター試験も問題があると考えています。人生の中で1月末というのは、インフルエンザの流行も含め最も体調管理が難しい時期ですが、こうした時に一発勝負で点数を取らせようとしている。

 米国では英語力や思考センスを測る試験である「TOEFL」や「GMAT」はいつでも、何回でも受けることができ、いい結果を提出することができます。日本の官僚機構の画一的な考え方を変えていけないものかと思っているんです。

 大学の入学試験は、行きたいと考える生徒を選ぶ適性試験でしかありません。一方、医師国家試験は国家が国民に対して責任を負う資格試験ですから、内容は全く違います。

 また、この医師国家試験を考える時に、現在の医師を前提にはしていません。20 年後に求められる医師像を考えて、それに向かって、今受けるべき試験を創りたいと考えています。 (了)

【関連記事】河北医療財団・河北博文理事長「コロナ禍の今、地域の病院と病院、自治体と病院の連携が共に重要」

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