特集2017年7月28日更新

民進党・蓮舫氏の「二重国籍」問題

7月27日に民進党代表の辞任を表明した蓮舫氏。7月18日には「二重国籍」の釈明会見が行われていました。この会見の要点を押さえるとともに、これまでの簡単な経緯や会見に対する疑問などもまとめてみました。

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総選挙・自民党の極右候補者リスト「ウヨミシュラン」発表! 日本を戦前に引き戻そうとしているのはこいつらだ!

リテラ / 2017年10月21日 23時59分

 リテラが国政選挙の投開票前にお届けしている極右候補者リスト「ウヨミシュラン」。今回の衆院選でも、日本を戦争に引きずり込む民主主義の敵をあぶり出してやろうと、候補者の過去の言動をチェックし始めたのだが、これがまあ、「自民、維新、希望は全員じゃないか」と思うくらい"極右"だらけ。 [全文を読む]

7月27日 記者会見にて辞任表明

「代表を引く決断をした」

蓮舫氏は記者会見で、辞任の理由について「いったん引いて、新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だ」と語った。代表選については、「速やかに代表選に入り、『民進党ここにあり』という体制を作ってもらいたい」と述べた。

二重国籍問題が辞任に影響したのでは?との見方も強いものの、本人はこれを否定しています。

自身の二重国籍問題の影響については「判断に入っていない。全く別次元の問題だ」と強調した。

「党の求心力を高められず猛省」

Twitterでも辞任について発言

同じく7月27日、Twitterで「私の力が足りず、党の求心力を高められず猛省しています。」と発言。このツイートは3000近くリツイートされています。

蓮舫氏、ついに「戸籍」の一部を公開

「本来、開示すべきではない」が公開に踏み切る

民進党の蓮舫代表は7月18日、自身をめぐる日本国籍と台湾籍の「二重国籍」問題について記者会見し、日本国籍を選択したことを証明する戸籍謄本の一部や、台湾当局が発行した台湾籍離脱証明書などを公表しました。

蓮舫氏は戸籍に自分以外の家族の情報が含まれていることなどから公開に否定的だったが、17年春に子どもが成人し、家族会議で理解が得られたことなどから公開に踏み切ったと説明。

問題発覚から戸籍公開まで11カ月

7月13日の会見でも「戸籍そのもの」の公開は否定していたにもかかわらず、戸籍の一部公開に踏み切った蓮舫氏。しかし、「二重国籍」の問題が発覚した昨年8月から今月の戸籍公開までに11カ月もの時間がかかっています。
この間の経緯を軽く振り返っておきましょう。

2016年8月、八幡和郎氏が指摘して発覚

昨年8月、元通産官僚で評論家の八幡和郎氏が言論サイト「アゴラ」などで蓮舫氏の「二重国籍」疑惑を指摘。これをきっかけに問題追求の波が拡大していきました。

即座に否定もせず説明も二転三転

中華民国籍を離脱したことを証明する書類を用意して、即座に否定すれば何の問題も無かったはず。ところが蓮舫氏は、
「(記者の質問に)何を言っているのか分からない」
「17歳の時に日本国籍を取得した。(略)生まれたときから日本人です」
と、答えになってない支離滅裂な言いわけをするだけ。あげくは
「(中華民国籍を抜いたかどうか)確認に時間がかかっているため、改めて離脱の手続きを取る」
では国会議員となり、大臣までも務めたころまでは二重国籍という違法状態のままだったのか?

国籍法改正や台湾籍が問題を複雑化

蓮舫氏が生まれたのが父系優先制度をとっていた旧国籍法時代で、国籍法改正により日本国籍が付与されたこと、さらに父親が日本と正式な国交のない台湾籍であったことが事情を複雑にした。

東京都議選の大敗で問題が再燃

疑惑を抱える中、蓮舫氏は昨年の9月13日に開いた記者会見で二重国籍を認め、台湾籍を抜く手続きを進めていることを明かし、続く10月15日には「日本国籍の選択宣言をした」と説明していました。
このように蓮舫氏自ら幕引きを図りつつも依然くすぶり続けていた問題は、今月投開票が行われた東京都議選での民進党の大敗を受けて再燃。民進党の議員からも戸籍の公開を求める声が上がり始めていました。

ついに国籍資料を公表する意向示す

説明責任追求の機運が党内で高まったことを受けて蓮舫氏は7月13日、「二重国籍」問題が解消されたことを証明する資料を18日に公表すると発表していました。

「戸籍公開」会見の要旨

18日に行われた記者会見の全容は上の動画を見てもらえればわかります。…が、何しろ1時間を超える動画ですので、要旨をまとめていきましょう。

戸籍公開に踏み切った理由

「現政権に対して責任を果たすことを求める立場」

蓮舫氏は記者会見冒頭で、
「本来、戸籍は開示すべきではないと思っている。また、誰かに強要されて示すということはあってはならない。ただ、私は民主党(編注:民進党の言い間違いとみられる)の代表、野党第1党の党首として、私の発言の信頼が揺らいでいるということはあってはならない。それと、何よりも、現政権に対して責任を果たすことを求める立場であることも勘案した」
などと開示の理由を説明。

子供が成人を迎え「家族の了解が得られた」

このタイミングでの公表になったことについては、自身の子どもがこの春、成人を迎え、家族の了解が得られたことを挙げた。公表された国籍選択宣言の記載のあるページの一部には、子どもに関する記述がある。白塗りにされて何が書かれているかは分からないようになっているが「親として慎重になった」と述べた。

公表された資料は全部で6種類

台湾政府の「喪失戸籍申請書」「中華民国のパスポート」「喪失国籍許可証書」、目黒区の「不受理証明書」「戸籍謄本(氏名と生年月日、および国籍選択の宣言日が記載)」の各資料も公表した。
戸籍謄本には、本人が日本国籍選択を宣言した日として「2016年10月7日」と明記されている。今年6月28日付で東京都目黒区で交付されたという。台湾籍離脱を証明する書類として、台湾当局から16年9月13日付で交付された「国籍喪失許可証書」も公表した。
最近は蓮舫氏が台湾人として活動していなかった傍証として、1987年7月4日で期限切れの台湾発行旅券(パスポート)も公開した。

自身の認識と経緯

台湾籍離脱の手続きは「父が完遂してくれたものと思っていた」

蓮舫氏は1985(昭和60)年に改正国籍法が施行されたことを受け、17歳のときに日本国籍を取得したが、台湾籍離脱の手続きは「父が完遂してくれたものと思っていた」と説明。昨年秋に騒動になるまで「台湾籍を持っているとは思ってもみなかった」と述べた。念のために台湾当局に確認したところ、台湾籍が残っていることが判明した。
すぐに台湾籍離脱の手続きを行い、昨年9月13日付で国籍喪失許可証を台湾当局から受け取った。法務省に提出したところ、台湾当局が発行した国籍喪失許可証は「外国国籍の喪失を証明する書面」には該当しないとして、外国国籍喪失届が不受理になったため、「日本国籍を選択する宣言」を10月7日付で行ったという。

説明が二転三転したことについて改めて謝罪

蓮舫氏は発覚当初の説明が二転三転したことについて、「私の記憶で説明があやふやになったことは申し訳ない」として改めて謝罪した。
「旧国籍法、改正国籍法の中身、私のとった経過措置について、戸籍法に関し私が強く学び、確認、行動を取らなかったことを深く反省している。自分の不確かな記憶で説明をしてしまったことも謝罪する」と謝罪をした。

公職選挙法に抵触…ただし時効

1985年に日本国籍を取得した蓮舫氏が、昨年まで台湾籍を保有し、国籍法違反の状態にあったことが裏付けられた。2004年の参院選公報に「台湾籍から帰化」と虚偽を記載したのは、時効とはいえ、公職選挙法に抵触する。

過去の発言について

「浅はかな発言だった」と釈明

蓮舫氏はタレント時代に雑誌などで「私は台湾との二重国籍だ」「中国籍だ」などと発言していたが、臨時会見でその点を突かれると「事実の確認や認識、あるいは法的評価を混同して発言していた。ずいぶん浅はかな発言だった」「当時私は蓮舫という名前で、アジアのダブルのルーツを持っているという部分でキャラクターを立たせる形で、タレント、その後はニュースキャスターをしていた。中国や香港、台湾、アジアの問題と日本をつなぐジャーナリストの役割を果たしたいという部分を、自分のルーツをもとに際立たせていたこともある」と釈明した。

今回の戸籍公開、あくまでも「例外」強調

戸籍公開については「これを他者に当てはめたり、前例とすることは認めることができない」と繰り返した。
蓮舫代表は、「こうした開示は私で最後にしてもらいたい」と述べ、「全て国民は法の下に平等。人種や性別、社会的身分などで差別されてはいけない。親や本人の国籍、髪や肌の色や名前や出自など、日本人と違うことを見つけ、違わないということを戸籍で示せと強要することがない社会を、多様性の象徴でもある私が自らの経験をもって、差別を助長することのない社会を、多様性を認め合う共生社会を民進党代表として創っていきたい」などと表明した。

会見で新たに生じた疑問や論点

今回の会見を受けての反応や、会見を行ったことで新たに生じた疑問の声などをピックアップしてみました。

「評価したい」胸をなで下ろした民進党議員ら

「誠実に説明されたと評価したい」。蓮舫氏に戸籍公開を求めていた民進党の今井雅人衆院議員は18日、記者団の質問に歓迎してみせた。二重国籍問題は「加計」で攻勢を強める民進党の足かせとなっており、執行部の一員も「遅きに失したとはいえ、良かった」と胸をなで下ろした。

「戸籍は公開しない」で公開…また発言が二転三転

今回の会見での「戸籍謄本の公開」についても、事前にはっきりしなかった点を指摘する声が。

12日に蓮舫氏は戸籍謄本を公開する意向だと報じられたが、翌13日の記者会見では、戸籍謄本の公開はせず、戸籍そのものではなく台湾の国籍を有していないということがわかる資料を公開する方向であると表明した。本人は「そもそも戸籍謄本を公開するなどとは言っていない」と釈明したが、実質的には前言の撤回、発言の修正である。
蓮舫氏お得意の発言の二転三転である。

「子供が成人になったから」…公開タイミングへの疑問

理由として持ち出されたのが自身の子どもたち。20歳になって了解を得たことから公開に踏み切ったという。
だが公開された戸籍の資料には子どもたちに関する記載はなく(その必要がない)、彼らのプライバシーの侵害はない。むしろ公開が遅れた口実のようにしか思えない。
蓮舫氏が最初からきちんと説明をしていれば、疑いの目を向けられることはなかったはずだ。そして民進党の政党支持率は今よりは高かったかもしれないし、都議選でもこれほどの大敗はしなかったかもしれない。
それを怠ったのは他でもない蓮舫氏だが、その自覚はあるのだろうか。冒頭で述べた戸籍に関する発言を見る限り、そうは思えない。

「戸籍公開」に対する疑問の声

民進党内部や他党議員からの声

戸籍謄本の全体の公開ではないとしても、なぜ一部でも公開してしまったのかという声。これは、先にも取り上げた、世論の状況や悪影響の可能性を踏まえて蓮舫氏の二重国籍問題を、党としてはこれ以上問題視する必要はないと考えている勢力からの懸念だ。

海外通信社の記者からも

この日の記者の質問でも、二重国籍の問題が報道やネット上で過熱する日本の状況に疑問を呈する声があった。
会見に先立ち行われたブリーフィングでは、「時の政府に高度な説明責任を求める立場上、開示に踏み切った」などとする民進党側の説明に対して、海外通信社の記者が「説明責任の次元が違うのではないか。なぜここまでやる必要があるのか」とただした。

ネット上でも賛否が交錯

問題発覚の際も「出生の問題に立ち入るのは差別だ」との批判もあり、ネット上などでも公開の賛否が交錯していた。確かに、法律上は国籍が厳しく問われるのは外交官だけで、政治家には法的制限はない。ただ、蓮舫氏の場合は「公人としてその場しのぎのようないい加減な説明を続けたことが疑惑拡大の原因」(民進党幹部)で、「政権交代時の首相候補とされる野党第1党党首の『資質』が疑われる」(同)という事態を招いたことに問題がある。

自民党・小野田議員の例

昨年秋、自民党の小野田紀美参院議員も米国籍との二重国籍が発覚しました。ただその直後に個人情報を伏せた状態で戸籍謄本などを公表し、米国籍を放棄する手続きも行っています。

小野田氏は日本人の母親と米国人の父親を持ち、米国内で生まれた。参院選に初出馬する前の2015年10月、日本国内で「米国籍を放棄する」と宣言、「日本国籍を選択する」手続きを終えた。蓮舫氏の「二重国籍」問題を受けて昨年秋に調べたところ、米国内での「放棄手続き」が終わっていなかった。
小野田氏は「申し訳ない」と有権者に謝罪したうえで、FBで自身の戸籍謄本を公開した。そこには、明確に【国籍選択の宣言日 平成27年(15年)10月1日】と記されていた。

政治家への戸籍開示要求は「差別」なのか?

下の記事では、二重国籍者が議員になることを憲法で禁じているオーストラリアや、出生証明書の原本のコピーを公表したバラク・オバマ前アメリカ大統領を例に挙げて、政治家への戸籍開示要求と一般人へのそれは違うことを指摘しています。

これは政治家が自身の「潔白」を証明することがいかに重要であるかがわかる例だ。そこには「大統領の私のみならず、一般の人も出生証明書を公表してくれ」という意図があるわけではない。
一方で蓮舫氏は、納得をしているわけではないようだ。国民が蓮舫氏に求めているのは戸籍の開示という行為ではなく、国や国民に対する誠意である。にもかかわらず、7月13日の定例会見で蓮舫氏はそのような国民の声を「差別主義者・排外主義者」と呼んだのだ。オバマ前大統領が出生証明書の公表にあたって、「差別主義者・排外主義者への対応」と発言していれば大問題になっていただろう。

これらの疑問点のほか、タレント時代の「私は二重国籍だ」「中国籍だ」といった発言に対する釈明が曖昧で不十分である点なども指摘されています。
今回の会見で蓮舫氏は問題の幕引きを図りたいようですが、会見後の各メディアの論調やネット上の声などを見る限り、蓮舫氏に対する不信や疑問がスッキリと解消できたとは言い難い状況のようです。

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