「まだまだ未熟な量子技術、だからこそおもしろい」覚醒PM・名古屋大学の藤巻 朗教授
ASCII.jp / 2024年5月7日 11時30分
名古屋大学大学院工学研究科 電子工学専攻 量子システム工学 教授 藤巻 朗氏
1982年東北大学工学部電子工学科を卒業、1987年工学研究科電子工学専攻博士後期課程を修了(工学博士)。同年6月より、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。1988年より、名古屋大学工学部に助手として着任。現在、同大大学院教授。2019年より同大副総長も務める。学生時代より、超伝導デバイスや回路の研究に従事。特に、ジョセフソン接合に基づく回路内の磁束量子の振舞いについて、先駆的な研究を手掛けた。最近では、π位相シフト磁性ジョセフソン接合の集積化技術を確立し、負性インダクタンスなど従来の素子だけでは得られない量子効果が顕著に現れる超伝導回路の解析や実証を手掛け、新たな超伝導エレクトロニクスの開拓を目指している。
量子技術は若手のチャンスに満ちている
——藤巻先生のご専門である量子技術分野の現在の状況について教えていただけますか。
藤巻 「量子技術」というのは、実はまだよく分っていないことが多い技術です。技術的に成熟していないものですから、いろいろな研究者がそれぞれいろいろなことを提案している。実にさまざまなアプローチが世界中で今まさに試されている、というのが現在の状況です。
量子コンピューターを実現する方式としては、超伝導や半導体、光などが研究されてきましたが、最近では新たに登場した冷却原子方式も注目されています。冷却原子方式の登場によって、確かにいろいろなことが進んだ感覚はありますが、今後の大規模化を見据えると、超伝導や半導体といった方式も可能性を秘めており、大きなチャンスがあると見ています。
こうした状況ですので、量子コンピューターが今すぐ役立つのかと言われると、なかなかそうとは言えません。実用化にはまだそれなりの時間がかかるでしょう。今は1つ1つ、技術を積み上げていくフェーズです。かつ新しい技術がどんどん出てくる分野でもあるので、それをできるだけ支援していく、ということかと思います。
——藤巻先生は古典コンピューターを量子技術で高速化する研究と、量子ビットを使うハイブリッド量子コンピューターの研究をされていますよね。
藤巻 そうですね。前者は昔から研究しているものですが、これは量子コンピューターではありません。私は、量子コンピューターと古典コンピューターは当然ハイブリッドになっていくと考えています。量子計算も今は量子ゲート計算を目指しているのが主流ですが、これもその制御自体は古典コンピューターが担います。そういう意味では、古典コンピューターの技術が将来使われなくなるということは考えにくい。量子コンピューターと古典コンピューターは両者ともに発展を続けていくだろうと私は考えています。
ブレイクスルーを実現するという気持ちで応募して欲しい
——藤巻先生は今回、量子分野のPMとして覚醒プロジェクトに参画されます。覚醒プロジェクトへの思いをお聞かせください。
藤巻 覚醒プロジェクトは昨年、AI分野から始まって、今年度は私がPMを務める量子など3分野が追加されました。ご存知のとおり、AIは我々の社会をすでに支えている技術ですので、それをさらに発展させていくような研究が覚醒プロジェクトでも中心になるでしょう。一方、量子のようにポテンシャルはあるものの、まだ社会のどこでも使われていない技術については、将来どう使っていくか、それをどう開発していくのか、という研究になると思います。両者のフェーズはだいぶ異なりますが、量子はAIと同様に、あるいはそれ以上に世界を変える可能性があります。そうした世界を変えるであろう技術に、このプロジェクトを通じて貢献できればいいですね。
冒頭にも少しお話したとおり、量子技術をめぐる状況はまだ混沌としています。洗練されていないからこそ、若手であることや研究キャリアの短さはあまりハンデにならない分野でもあると言えます。従来の考え方にとらわれることなく、誰でもリーダーになれる。絶好のチャンスでもあります。そうしたチャンスを若い研究者の方がうまく捉えて、新しいことにチャレンジしていただきたい。本当にチャンスだらけですし、一方では落とし穴だらけなのかもしれませんが、そうした状況を楽しんでほしいなと思います。
——担当される量子分野の応募者に期待することはどのようなことでしょうか。
藤巻 失敗を恐れずに、いろんなことに取り組んでほしいですね。ただ、量子技術の研究では、アイデアを思いついたからといって、すぐに実験したり形にしたりできるものではないというのも事実としてあります。例えば液体ヘリウムによる冷却では不十分で、希釈冷凍機が必要だったり、特別な設備や施設がなければできないことも少なくありません。
ですので、仲間を作ったり、周囲を巻き込んだり、自分でできないことは他の人に手伝ってもらう、協力してもらう。そういったことができる方がいいですね。量子分野の研究では技術的には非常に高いレベルのものが求められますので、一人でできることはどうしても限られます。いろいろな方を巻き込んで進めていく提案が、やはり現実的だと思います。
——ハードウェアを作るのは資金も設備も必要ですので、誤り訂正技術や量子アルゴリズムといったソフトウェアに関するアイデアが中心になるのでしょうか。
藤巻 おそらくそうなるとは思いますが、私としてはやはり果敢にハードウェアを作ってみたいという方もぜひ支援したいですね。どうやってそれを実現していくかは考える必要がありますが。
——先生はPMとして採択者に対してどのような支援をしたいと考えていますか。
藤巻 先ほども申し上げましたが、量子技術は自分だけで研究を進めるのが難しい分野ですので、まず仲間を作るということに貢献したいと考えています。一度作った横の繋がりはいずれ効いてくると思います。その瞬間ではなかなか認められなくても、その先になって認められることもよくありますし、プロジェクト期間だけでなく研究実施者の将来の研究キャリアも含めて考えると、横の繋がりをしっかり作っていくことが大切です。
——最後に、覚醒プロジェクトへの応募を考えている方へのメッセージをお願いします。
藤巻 量子技術はまだまだ未熟で、だからこそ我々の好奇心をくすぐる部分が多い。未熟な分野だということをプラスに捉えて、自分のアイデアをしっかり活かす提案をしていただきたいですね。ブレイクスルーが誰にでも起こせる分野です。「我こそは抜け出すんだ」という気持ちのある方に応募していただけるとうれしいです。
覚醒プロジェクト募集概要
応募締切:2024年5⽉7⽇(火)12:00 応募対象: 大学院生、社会人(大学や研究機関、企業等に所属していること) ※2024年4月1日時点で、学士取得後15年以内であること。 対象領域: ・AI ・生命工学 ・材料・化学 ・量子 研究実施期間: 2024年7月1日(月)〜2025年3月31日(金) ※9カ月間 支援内容: ・1研究テーマあたり300万円の事業費(給与+研究費)を支援 ・AI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure, ABCI)やマテリアル・プロセスイノベーション プラットフォーム(Materials Process Innovation, MPIプラットフォーム)などの産総研保有の最先端研究施設を無償利用 ・トップレベルの研究者であるプロジェクトマネージャー(PM)による指導・助言 ・事業終了後もPMや参加者による情報交換の場(アラムナイネットワーク)への参加 応募・詳細: 覚醒プロジェクト公式サイト
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