家督を継いだ80代大地主、“兄から訴訟”の過去で「争族はもう嫌だ!」…自身の相続先に大葛藤も〈甥〉を選んだワケ【元メガ・大手地銀の銀行員が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月9日 10時15分
(※画像はイメージです/PIXTA)
簡単に家族関係を崩してしまう「相続争い」。特に不動産を代々継承している地主の場合、早め早めの準備が肝要です。本記事では、次男という立場で亡き父から不動産を受け継いだ三田博氏(仮名)の事例とともに、地主の相続対策について、ティー・コンサル株式会社代表取締役でメガバンク・大手地銀出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が解説します。
私鉄駅周辺の「人気不動産」を継承した次男
三田博(82歳)は住宅地として人気の高い私鉄駅周辺の大地主である。50年ほど前に私鉄の延伸がなされ、近くに新駅が開設し街として急速な発展をとげている。
その昔は三田家を含むいくつかの一族が住んでおり、それぞれ農業で生計を立てていた。この数年で不動産価格も飛躍的に高騰し、周辺の地主一族は不動産賃貸業へと業種変換をしてきた。
駅周辺には大手不動産仲介会社や管理会社も増えており、私鉄沿線内でも人気の街として知名度が上がり移り住んでくる人たちも多いようだ。
三田博は次男であり、当初は不動産を継ぐ予定もなくサラリーマンとして勤務をしていたが、ちょうど60歳で退職をした年に父親から呼び出され、家督を継ぐように指示をされた。
父親の話によると、長男は金遣いが荒く、いろいろなところで借金を作っており父親が不動産を一部売却するなどして弁済していたこともあったそうだ。
博は、仕事が多忙であり実家に帰るのは年始の1回程度。兄弟に会うのもそのときだけであり、また深い話をする訳でもなく軽く挨拶する程度で、父から話を聞くまでは知らないことが多くあった。
父が「次男に」継承させた理由
父親は数年のあいだ、長男に承継させるか否か相当悩んだようであり、仮に長男に承継させると1代で不動産がなくなることは火を見るよりも明らかであることから、20代続いた三田家を存続させるためには次男を呼び戻して承継させるしかないと決断したそうだ。
そのときの父親はいまの自分と同じ80代であり、博は父の意向に従い、それまで住んでいた自宅を売却し、実家に戻り同居することにした。
同居してからは、所有している不動産について理解を深めるため父親に同席して不動産管理会社と面談したり、取引のある銀行の支店長と面談したりとその都度対応をした。
それと時を同じくして、それまで実家近くに住んでいた長男も事態を察したのか、遠くの他県へ移り住み、その後は連絡もつきにくくなった。
その後両親とも年齢を重ね、体力が衰えてきたことから専門家を招聘し、妻(博の配偶者)との養子縁組、遺言の作成、不動産建築による相続対策などを数年のあいだで実施し、父は90歳で他界した。
「出し抜いたな」…長男から訴訟される
父親の葬儀のため長男へ連絡を入れると、すぐに長男は実家にやってきた。
帰ってきても父親のことを偲ぶどころか、故人に対して(皆にあえて聞こえるように)「俺はおやじの事を面倒看てやったのに、追い出しやがって」、博に対しては「お前は、おやじにいいように取り入ったな。うまいことやりやがって」など言いたい放題に、葬儀が終わると早々に立ち去って行った。
後日、作成していた公正証書遺言を遺言執行者である弁護士立ち合いもと、法定相続人を招聘して内容について伝えた。その際の同席者は図表1のとおりである。
父親の意向どおり、一部の不動産については配偶者控除を考慮し母へ、そのほか主要な不動産については博と妻が共有して相続、長男と三男には遺留分を意識した一部の不動産、長女には金融資産の一部を承継させる内容であった。
ほとんどの相続人は初めて知る内容が多く、特に博の妻を「養子縁組」していたことには大きな驚きがあった。
長男と長男の妻は「(博の妻に対して)私たちのことを出し抜いて、うまくやったと思っているんじゃないの」など、多くの罵声を浴びせた。その後、長男から博に対して「きっちり請求するから、しっかり金の準備をしておけよ」と捨て台詞を残してその場から立ち去って行った。
残っていた、姉や弟家族は、生前父親が母親に託していた言葉にも耳を傾け納得しているようであり、博のことを支えるとの言葉もあった。
納税は期限ギリギリ(10ヵ月)で手続きを終えたが、その翌週長男代理人の弁護士から訴状が届いた。
4,000万円を支払い和解…「母の相続」に不安を感じる
長男からは遺留分の侵害として5,000万円の請求があった。根拠として不動産鑑定評価書を取得しており侵害している5,000万円を金銭にて支払えとの内容であった。こちらでも弁護士を立て不動産鑑定評価書を取得のうえ対抗することにした。
調停でもまとまらず裁判となったが最終的には和解となり4,000万円支払うことで決着した。和解までは約3年を要し、費用なども相応のものとなった。
ちょうど、次世代への承継も考え始めていた時期であり、取引銀行からも法人化の提案を受けていたことから、法人化に伴い捻出した資金(実質的に新たな借入分)を和解金として長男へ支払いを行った。
その翌年には、長男が他界(享年78歳)した。父親から相続した不動産は早々に売却していたようであり、和解金の多くも借金の返済などに充てられていたようだ。
葬儀には参加したが、長男の妻からは終始睨まれているような感じがあり、話しかけても無視されるだけであった。葬儀以降会うことはなくなっているが、どうやらこちらに戻ってきているようである。
おそらく母親の相続時に、長男の妻は直接の相続人ではないが代襲相続している甥と姪を使って、また難癖をつけようと思っているに違いない。
母の相続が発生、訴訟を覚悟するも…
長男の相続から約2年後、母親の相続が発生した。母親も公正証書遺言を残しており、不動産は次男一族が承継し、長男一族、長女、三男には金融資産を相続した。
相続にあたって、長女からは「独身であるし残してもしょうがないので、自分の分は長男一族と三男とに承継して欲しい」との強い要望があったことから、そのように対応を行った。
博は前回同様に、訴状が届くことを危惧していたが、なんら音沙汰もなく遺留分侵害請求の時効である1年を経過しても動きが一切ない。
その後、人伝に聞いたところ長男一家は父(三田清)の逝去後バラバラになっており、特に甥や姪は相続のことで言い争いをする両親に嫌気がさし距離を置いているとのことであった。
当然、妻には相続権はないことから非協力的な子供たちを説得することもできず、あきらめたとのことであった。
このようにして、父の相続から6年間+実家に戻ってから10年間は承継において多くの労力を費やし一旦完了することになった。
70代後半では、体調を崩すこともしばしばあり、療養することが多くなったが、引き継いだ不動産の収入は夫婦合算で約2億円程度あり、少しずつ法人化を進めながら80代に差し掛かっていた。
80代からはじめる相続対策
60代、70代は先代からの承継で多くの労力と時間を費やしてきた。80代に入り、体調も改善してきたことから、いよいよ次世代についての承継を検討することとした。
ちょうど父が私を呼び戻して対策を始めた時期であるが、正直なところ、その後の親族間での争いなどを鑑みてもスタートが遅いと感じていた。ただし、自分も同年代になっており、同様の不安を感じている。
※82歳平均余命「8.06」(出所:厚生労働省「令和4年簡易生命表」)
三田家の家族構成は以下のとおりである。
子供は長男の1人のみであり、また長男は独身であって孫はいない。長男は、長年サラリーマンとして会社勤めをしていたが、同様に退職してもらい家業を手伝ってもらうこととした。
自分が経験したような、いわゆる「争族」の心配はないが、長男から先の承継については不安を覚えている。また、法人化を行い主要な建物はすべて個人から譲渡を終えているが、土地については夫婦に残っており相続税も心配している。
父親が逝去した90歳まで生きられるとしても残り8年しかない。そこで、三田博は銀行から紹介を受けた不動産コンサルタントに相談を行うこととした。
不動産コンサルと税理士に相談
不動産コンサルタントの真田と税理士の里見は依頼者である三田博と面談を行った。真田らは依頼者から過去の経緯や所有している不動産、承継に対する思いなどを聴取した。依頼者の課題を整理すると以下のとおりである。
・相続人が実質長男の1名であり相続税に不安を感じる ・もめる可能性は少ないものの、孫がいないため長男から先の承継に不安を感じる ・本人が82歳であり承継までの残り時間が少ないと感じている真田らは不動産や借入のほか家族構成を詳細に聴取するとともに、三田家の所有不動産をすべて確認のうえ事務所に戻ることとした。
カギは「その先の継承」も意識すること
真田と里見は所有不動産の整理および借入についての整理を行った。
所有不動産を整理すると、課税資産は主に不動産で約10億円、相続税試算額は約4億円である。夫婦それぞれが同額程度有しており、1次2次で約9億円と試算された。ただし、昨今の周辺地区の不動産価格の上昇を勘案するとさらに高額となる可能性もある。
法人化は10年前から設立してスタートしており、この10年間の内部留保もあるが個人の手許資金と合わせても4億円程度足りないことが判明した。
不動産の購入を行いながら、納税額を抑制していく取組が必要である。しかし、納税額に目途をつけるだけでは不十分だ。その先の承継について、道筋をつけることが最大の課題であると感じた。
現状の三田家の家族構成
真田らは、依頼者訪問のうえ分析した結果を説明した。おおむね想像していたとおりであったようであり、納税の対策として不動産購入を柱とする検討を進めていくこととした。
また、真田から最も重要な提案として、長男一族の甥と姪、三男一家に個別に面談をさせて欲しいことを申し入れた。三田博は応諾のうえ、それぞれに連絡のうえアポイントを取ることとした。
まず、真田らは三男一族と面談を行った。三田家全般についての承継についての考え方や今後の意向について聴取した。面談には三男のほか子供2人にも同席をしてもらった。
次に、長男家の長男と面談を行った。長女は都合が悪く、面談ができなかった。三男家と同様に聴取を行ったが、一方で母親が昨年他界したとの情報も得た。
母親の意向もあり、親族は呼ばずに少人数で葬儀を終えたとのことであった。三田博氏は当該事実を知らなかったことから許可を得て共有することとした。
三田家21代目が三田博の代であり、その次の22代目が息子および甥や姪となる。長男は独身であるが、そのほかは結婚しており子供がいる。
わかってはいるが、やはり実子に継承したい…
真田らは親族への訪問した結果をもとに再度依頼者である三田博氏に対して承継に対する提案を行った。ポイントとしては以下のとおりである。
・息子は昨年から会社を退職し家業を手伝っており、その才能も認められる ・しかし、独身の息子から先の代への承継を考えると承継先がない ・仮に、今後結婚しても子供が出来る可能性は低い ・面談した結果、長男家の長男(甥)は一家の長としての適性が高いように感じられた ・過去の父親(博氏から見た兄)の振る舞いや、浪費癖などが理由で小さいころから苦労をしており、父親を反面教師として努力を重ねてきている ・甥の家には子供が3人おり、将来的な承継も問題なさそう ・三男家からも承継においては円滑に進むようサポートしたいとの意向があった三田博氏は少し考えたいと、真田に伝え面談を終了した。
博の本音としては、実子である息子に資産の承継をさせたい。そのため、息子の結婚や子供(孫)の誕生を願ったが、いままで変化もないまま時間だけが経過しているに過ぎない。
自分が承継したときも、父親から後継者として指名されるまでは当然兄が承継するものと考えており、「まさか自分が」との気持であったが、いつしか自分も父と同じ状況になっていた。
代替わりしてからのことを振り返ると辛いことのほうが多かったが、いつしか自分の資産(本来は一族で承継してきた資産)であるとの気持ちも強くなっており、息子以外に手放したくないとの思いが心の中に出てきてしまっているのかもしれない。
一族の資産を合理的に承継するという軸で考えるのであれば、息子に承継することは相応しくないのかもしれない。不動産コンサルタントの真田が提案してきたのは、まさにその点であり、わかっているつもりではあるが、なかなか認めることができない自分もいた。
仮に兄が人格者であり当主としての適性があれば、いまの自分の立場は当然兄が担っていて、その息子である甥が継いでいたことであろう。幸か不幸か、甥は至らない兄を反面教師として見ていて素晴らしい人物に育っている。
一族について俯瞰して考えるのであれば、長く続く可能性が高い選択を行うことが現当主としての役目である。きっと父親も20年前には同様に悩んだことであろう。
家族会議で過去の経緯を公開…甥から理解を得る
以下の赤枠のメンバー総勢9名(86歳の長女は高齢であり不参加)を集めて会議を設けた。そこに真田と里見も加わった。
冒頭、三田博から話を行った。過去の経緯やその当時の心境など関係者に伝えるべきであると考えていたことから話を始めた。
当初、本人としては継ぐつもりもなかったが父親からの強い要望もあり応じることとしたこと。父や母の相続時は、親族間での揉めごとの発生や、バランスを取ることに大変苦労したこと。
財産を減らさずに残すことは非常に困難であり、多くの協力を仰ぎながら計画的に承継していくことが重要であること。資産に関しては個人に帰属するものではなく、あくまでも一族の所有物であるという認識が必要であること。
今後長く承継していくためには一族全体の力を結集する必要があること、などを説明した。
その後、真田と里見から資産の現状、今後不動産を購入のうえ対策を進めていくことを説明した。購入する不動産については三男の所有する不動産(三男が父親から相続したもの)を博氏個人で購入することで対策をすることにした。
実は、三男家との個別面談時に、真田から提案をしたところ快く応じてくれていた。また、博氏にとっても、第三者から購入するよりも当初から関連の深い物件であることで安心感があった。当該対策で、現状では相続税の納税額は手元資金で支払い可能な水準と推測されることを説明した。
最後に博氏から重要な内容として以下の説明を行った。
・長男家の長男(以下「次期後継者」)とは養子縁組を行い次の当主としての役割を担って欲しいこと ・息子については後継者がいないことから、そのサポートに回って欲しいこと ・養子縁組後遅滞なく資産管理会社の株式の99%を次期後継者に贈与(現状では株式評価「ゼロ」)すること ・残りの1%については属人的株式として博氏の議決権を増やし、経営について意見を言える状態としておくこと ・公正証書遺言を作成し、土地についても次期後継者へ承継させること ・大筋は上記のとおりであり、外的要因による変動があれば皆で協力のうえ適宜修正のうえ対応に当たっていくこと ・当面の間は、真田氏、里見氏を顧問として採用し、方向性にずれがないか検証を行ってもらうこと叔父から次期後継者として指名され、正直驚きを隠せなかったが、叔父の一族を残すための決断には感銘を受けた。今後のことを考えると楽観的ではいられないが、次の代へバトンを渡すことに注力しようと覚悟を決めた。
1年で相続対策が完了
会議で取り決めた内容を受けて、矢継ぎ早に対策を進めていった。養子縁組からスタートし、不動産の購入、遺言の作成へと概ね1年間で実行した。
当初、息子については不満を募らせるのではないかと心配をしたが、協力的に対応にあたってくれている。その結果としては図表6のとおりとなった。非常に駆け足となってしまったが、これで承継の準備は最低限できたと安堵した。
まとめ:相続争いは「内容の共有不足」が原因に
・80代の承継においては心身の衰えもあることから積極的に親族の協力を仰ぐこと ・将来的な揉め事を防止する観点でも、承継についての明確なメッセージを伝えること ・承継の具体的なフェーズに入る必要があること ・外部専門家の力を借りて円滑な承継のサポートをさせること ・「争族」の原因は内容の共有ができていないことに起因するものが大きいこと ・日ごろの業務などにおいても後継者を同席させること以上のポイントを押さえることが重要である。
小俣 年穂
ティー・コンサル株式会社
代表取締役
<保有資格>
不動産鑑定士
一級ファイナンシャル・プランニング技能士
宅地建物取引士
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