声優・甲斐田裕子さん、「音声生成AI」「倍速視聴」に警鐘 「役者は<余白>を演じている」
マグミクス / 2024年4月25日 11時20分
■生成AIにプロ声優も危機感
加速度的に進む生成AIの成長は、各業界で波紋を呼んでいます。
それは声優業界も同様。昨今、インターネット上に声優の声をAIに学習させた無断生成コンテンツが広がっており、プロの声優たちは危機感を募らせているようです。
今回、アニメーションとその文化の継承・発展・普及を目指す一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)に取材し、生成AIや昨今利用者も多い「倍速視聴」が声優業界に与える影響について訊きました。
■声優の声を無断利用する事例が横行
昨今、ネット上で音声を手軽に変換できる「AIボイスチェンジャー」が広まっています。もともとボイスチェンジャーは、主に声を匿名化することを目的に使用されてきたソフトフェアです。近年ではAI技術を活用したものが登場し、より自然な声に変換することが容易になっています。
そんなAIボイスチェンジャーの特性を利用して、通称「AIカバー」と呼ばれるコンテンツが動画サイトで人気を博しています。これは、人気歌手や声優、アニメのキャラクターの声をAIに学習させ、流行りの曲などを歌わせたものです。声優以外にも歴史上の有名人の声を学習させて最近の曲を歌わせるような動画も作られています。
それらのコンテンツの多くは、声の持ち主には許可を得ずに生成されているのが現実です。また、そうした音声コンテンツを作るためのAI音声モデルを無断販売する行為も見られ、特に声優の間で強い危機感が広まりつつあります。
こうした音声の無断学習、販売および利用は何らかの権利侵害になるのではという意見もありますが、法整備が追いついていないのが現状です。
声そのものは著作権では保護されませんが、NAFCAは「声の肖像権」や「パブリシティ権」など、声の権利について法的に体系化されることを望む声明を発表しています。
日本の声優は芝居の質も高く、アニメ人気を牽引する重要な存在でもあります。その声を無断で使われ、不名誉な発言を捏造するなどの事例がすでにあり、こうした問題に対処する必要があるとNAFCAは訴えているのです。
■生成AIは声優の新たな収益源との期待も?
「YOMIBITO Plus(ヨミビト・プラス)」 画像はプレスリリースより
一方、声優業界のなかでもAIを積極的に活用していこうという動きも活発化しています。
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントが昨年、AI音声による朗読付き電子書籍「YOMIBITO Plus(ヨミビト・プラス)」を発表。注目すべきは、収録されているAI音声のなかに『北斗の拳』ラオウ役などで知られる故・内海賢二さんの声を学習したものもが含まれていることです(現在は公開を終了しています)。
このプロジェクトには、内海賢二さんが設立し、今は息子の内海賢太郎さんが代表を務める賢プロダクションが協力しています。
ご家族の同意があるとはいえ、故人の声をAIで再現することには倫理的な問題を感じる人もいるかもしれません。賢プロダクションに所属し、内海さんの後輩でもあるNAFCA理事で声優の甲斐田裕子さんはこの音声を聴いて「全然内海さんだと思えない。俳優の芝居や呼吸を再現するのは難しいと思います」とコメントします。
一方でこの試みは、長寿番組の「声優交代」問題にも選択肢を与える可能性を示します。長年続くアニメ作品では、声とキャラクターのイメージがひときわ強く結びつきますが、それ故に、高齢や死去で声優が交代する時にはメディア等で必ず大きく取り上げられ、新たな声に違和感を表明する人も少なくありません。
故人の声と芝居をAIで蘇らせることが可能ならば、この「声優交代」問題が解決可能となります。しかし、以前と比べて人間の声の再現度が高まったとはいえ、現状では芝居をAIが再現できているとは言い難く、違和感は拭えないとの声も多くあります。
その他、AIボイスチェンジャーを公式に販売する声優も登場しています。森川智之さんや後藤邑子さんは、前出のヨミビト・プラスにも技術協力しているCoeFontから公式ボイスチェンジャーを発表しています。
また、業界内でもAIに期待する声はあるようで「日本俳優連合で行ったAIについてのアンケートでは、『AI反対』と『対価をきちんともらえて公式に提供するなら賛成』という意見が、およそ半々の結果でした。どこまでAIによる『表現』を許すかなど使われ方に対する考え方もさまざまですが、なかには早く引退してAIに稼いでもらいたいという考えの人もいます」といいます。
近年は、体調不良によって休業する声優の話題も目立ちますが、療養中でもAIがあれば稼げるという考え方もあるかもしれません。しかし、故人の名優の芝居をずっと利用可能になれば、新人がデビューできる機会は減少するでしょうから、AIボイスの活用は業界全体が縮小する可能性もあり、非常に難しい問題です。
■AIと人間の芝居はどう違う?
NAFCA事務局長と広報を務める声優の福宮あやのさん
さらに、声優にとって重要な「芝居」の問題があります。
甲斐田さんは「生成AIの芝居と人間の芝居はやっぱり違うと感じます」と明言します。
「現状のAIの芝居では作品づくりは無理だなと思います。先日、とある洋画の名作の吹替版を観ていたんですが、先輩声優たちの名演には、行間に輝きが存在しているんです。芝居作りには間や余白のようなものもすごく大事で、そういうものを表現できるのは、今のところ人間だけではないかと思います」(甲斐田さん)
NAFCAで事務局長と広報を務める声優の福宮あやのさんは「羽佐間道夫(代表作:『ロッキー』ロッキー・バルボア役、『銀河英雄伝説』ワルター・フォン・シェーンコップ役等)さんは、『AIは息ができない』とおっしゃっていました。そういう行間を読み、言葉以外も含めて表現する力は、人間とAIとでは、大きく違うはずです」と言います。
さらに福宮さんは「芝居を聴く側にとっては、耳が慣れてしまえば、AI音声でもいいとなってしまうかもしれません。役者は、観客の耳を育てることも使命と思っています」と語ります。
しかし、現実には耳を育てる環境は少なくなっているかもしれません。例えば昨今、映像作品を「倍速視聴」する人も増えています。倍速で観れば声の芝居にある間や余白は感じられなくなるのは必然です。
「行間や余白も含めて表現するのが芝居なのですが、倍速ではまるごとカットされてしまいます。たとえば、『ありがとう』というセリフを言っていても、実は内面では『殺すぞ』って思っているかもしれない。そういう表現の真意を読み取れなくなってしまうと思うんです」(甲斐田さん)
AIは加速度的に成長を続けており、人間の俳優・声優はそんなAIと競争することになりますが、それは、演者だけの問題ではなく、観客・視聴者側がどんな芝居を評価し、欲するかも問われているのかもしれません。
コロナ禍で密になるのを防ぐために導入されたアフレコの分散収録も、ある程度定着しているようで、若手がベテランから芝居を学ぶ機会が以前よりも少なくなっていることも、この問題に拍車をかけている面があると甲斐田さんは感じているようです。人間の役者が育つ環境が失われれば、それこそAIで代替可能という風潮も強まる可能性が高くなるでしょう。
■アメリカでは業界ルール策定の動きが進む
またアメリカでも、声優のAIに対する危機感が強まっており、権利保護のための動きが活発になっています。昨年、ハリウッドの俳優らがAIからの権利保護を求め大規模なストライキを行ったことは日本でも大きく報じられましたが、さらに先月、TVアニメに関する新たな契約が締結されたようです。
アメリカの映画俳優組合(SAG-AFTRA)は、「アニメーションの声優は人間でなければならない」という文言を契約に含めるように主張し続け、その権利を勝ち取ったといいます。また、合成音声を作成する際にも組合に報告することが義務付けられたとのことです。これらの取り決めは法律ではなく、業界内のルールとして策定されています。
技術革新と権利のバランスは常に難しい議論となりますが、日本の声優たちが築き上げてきた質の高い芝居は、素晴らしい技術の結晶といっても過言ではないでしょう。倍速視聴やAI音声が大きく広がっている昨今において、我々に求められるのは「芝居」を楽しむリテラシーなのかもしれません。
(杉本穂高)
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