エンジン技術の一大トレンドだった可変バルブリフトはなくなる?──安藤眞の『テクノロジーのすべて』第19弾
MotorFan / 2019年3月31日 10時55分
かつて、連続可変バルブリフト機構が流行った時期があった。それらは非常に手の込んだ構造を持ち、いかにも吸気のコントロールに優れていそうな雰囲気を備えていた。ところが、「流行った時期」を過ぎてしまうとその後の動きがぱたりと止んでしまった。なぜ廃れてしまったのかを考えてみよう。 TEXT:安藤 眞(Ando Makoto)
ガソリンエンジンの熱効率を改善する技術のひとつに、連続可変バルブリフト機構がある。01年にBMWが「バルブトロニック」で先鞭を付けると、07年にはトヨタが「バルブマチック」で追随。以降、日産が「VVEL」を、三菱が「MIVEC」を発表するなど、一時は今後の省燃費技術として主流になるかのような様相を見せていた。
ところがバルブトロニックを除き、トヨタも日産も三菱も、最初に採用した系列以外のエンジンへの展開は行っていない。しかも、バルブトロニックが第2世代に進化したのを除いて、ほかの3社は次世代を発表する様子も見られない。連続可変バルブリフト機構は、なぜ下火になってしまったのだろうか。今回はそれを考えてみたい。
答えのカギを握るのは、「何のための可変リフトか」ということだと思う。
そもそも可変リフト機構の狙いは、スロットルバルブによる絞り損失の一掃だ。ガソリンエンジンは今のところ、理論空燃比(ガソリン1:空気約14.7の質量比)で燃やさないと具合が悪い。そこで部分負荷時にはスロットルバルブで吸気量を制限するわけだが、これが吸気抵抗、すなわち絞り損失となる。
これを吸気バルブのリフト量と作用角でコントロールできれば、スロットルバルブは必要なくなり、絞り損失は発生しない。吸気バルブが閉じたあとは、ピストンは負圧に逆らいながら下降するが、上昇に転じれば負圧はピストンを元の位置に引っ張り上げる力になるから、「行って、来い」で損失にはならない。
このように、目的が「絞り損失の低減」であるなら、手段はバルブリフトの連続可変でなくても良いわけで、もっと低コストでできる方法があれば、それに越したことはない。
そこで思い当たるのが、EGR(排ガス再循環)量の増大と、吸気弁遅閉じミラーサイクルだ。EGRはもともと、NOx低減対策として考案された技術。比熱比の小さい(温まりにくい)排ガスを吸気と一緒に吸わせれば、燃焼温度が低下してNOxの生成が少なくなるからで、考案されたのは40年以上、前。今でもディーゼルエンジンでは、NOx低減のために使用されている。
一方のガソリンエンジンでは、三元触媒が発明されて以降、EGRを使うことなくNOxの浄化が可能になった。だから、しばらくお蔵入りしていたのだが、近年、絞り損失低減のために、使用するエンジンが増えてきている。
排ガスを吸気に戻すということは、吸入気体そのものの体積が増えるから、その分だけ絞り損失は小さくできる。しかもEGRに負けないように新気を吸入するには、スロットルバルブを余計に開ける必要があるから、そこでも絞り損失の低減が稼げる。
EGR率をあまり高めてしまうと、酸素濃度が低下して失火してしまうが、そこは筒内直噴や高タンブル吸気ポートなどの採用によって克服され、今や最大EGR率は25%を超えるようになった。これと吸気弁遅閉じのミラーサイクルを併用すれば、バルブリフトを可変にせずとも、常用域での絞り損失は大幅に低減できる。
しかもEGRによって燃焼温度が下がれば、シリンダー壁面との温度差が小さくなって、冷却損失が少なくなる。さらに、酸素濃度が減った分だけ自己着火も起こりにくくなるから、領域によっては点火進角が稼げ、ここでも熱効率を改善することができる。このように、吸気弁のリフト制御では得られないメリットまで出てくるのである。
となれば、わざわざ複雑な機構を追加して吸気弁のリフト制御を行なう旨みは無くなってしまう。特にこれから、超リーンバーンと大量EGRで回せるHCCI(予混合圧縮着火)に移行していくことになれば、ますます吸気弁リフト制御の出番はなくなってしまう。BMW以外のメーカーが積極的でなくなったのは、こうした理由からだと、僕は考えている。
バルブトロニックを使い続けてきたBMWが、今後この技術をどう生かしていくのか(はやまた止めてしまうのか)、興味の持たれるところである。
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