米メディアはなぜヒトラーを止められなかったか
ニューズウィーク日本版 / 2017年1月19日 20時17分
メディアがヒトラーをジョークのネタにしたおかげで、人々の目に彼は人畜無害と映ることになった。「とんでもない金切り声」で「狂気の演説」を行うヒトラーについて、当時のニューズウィークは「チャーリー・チャップリンのよう」「顔つきはまるで漫画」と紹介。米誌コスモポリタンは「自信のなさを隠すためにしゃべりまくる男」と評した。
ナチスが国会の第一党になった翌年にヒトラーが独裁体制を敷いても、米メディアは、いずれ失脚して伝統的な政治家にとって代わられるか、もっと穏健な路線に軌道修正せざるをえなくなると高をくくっていた。米紙ワシントン・ポストは、ヒトラーの支持者について「過激な教義とインチキ療法」にだまされた「感化されやすい有権者」だと批評。ニューヨーク・タイムズとクリスチャン・サイエンス・モニターは、政治家たちもいずれ目が覚めてナチスを懲らしめるだろうと指摘した。「鋭くドラマチックな直観力」だけでは政権運営には不十分で、「慎重さ」や「深い思考」が必要だということが露呈するはずだ、と。
事実、ヒトラーの首相就任を受けてニューヨーク・タイムズは「彼自身の無能さをドイツ国民にさらけ出すだけ」と論評した。記者たちは、ヒトラーが候補者の立場から一転、首相として責任を負うことになったのを今さらながら後悔しているのではないか、と邪推した。
1930年代初め頃の米メディアは確かに、反ユダヤ主義を掲げたヒトラーの過去の言動を非難することもあった。だがそれには例外も多かった。一部の新聞社は、ドイツがプロパガンダとしてユダヤ系市民に加えていた暴力を控えめにしか報じなかった。暴力を非難した記者でさえ、一回ごとに「(暴力は)これで終わりだ」と繰り返すなど、正常に戻りたいという願望と現実を取り違える傾向が顕著になった。
ヒトラー政権を批判するにしても、取材を拒否されない程度に抑える必要があった。米放送局CBSのキャスターの息子は、ヒトラーに敬礼しなかったとしてナチスの突撃隊から暴行を受けても報道しなかった。1933年に米紙シカゴ・デイリー・ニュースの記者だったエドガー・マウラーが「ドイツは狂気の精神病院になりつつある」と書くと、ドイツ政府は米国務省にアメリカ人記者の報道を取り締まるよう圧力をかけた。マウラーの身の危険を案じた新聞社は、彼をドイツから転出させた。
1930年代後半までには、アメリカ人記者のほとんどが自分たちの過ちを思い知った。ヒトラーの脅威を見くびった結果、想像を絶する惨劇が起こったヒトラーと対談したこともある著名ジャーナリストのドロシー・トンプソンは、1928年に一度はヒトラーを「取るに足らない男」と断じた自分の過ちに気付き、1930年代半ばから批判記事を書き始めた(ダグラス・チャンドラーのような不名誉な例外も存在した。彼は1937年に米誌ナショナル・ジオグラフィックに寄稿した『Changing Berlin』などの記事で、ナチス・ドイツのプロパガンダの役割を担った)。
「未来の独裁者を見破れる人などいない」と彼女は1935年に語っている。「ヒトラーのような男は決して政策綱領に独裁と書いて立候補はしない。常に、自分は国民の総意に基づく代表者なのだと訴える」。ヒトラーを見くびった教訓をアメリカに当てはめて、彼女はこんな言葉も残した。「独裁者が現れるとしたら、きっとどこにでもいたような少年たちで、伝統的なアメリカ的価値観を象徴するような人物だろう」
John Broich, Associate Professor, Case Western Reserve University
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
ジョン・ブロイヒ(米ケース・ウェスタン・リザーブ大学准教授)
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