テロ実行犯への同情はなぜ起きるのか?...「五・一五事件」に見る、メディアが拡散した「大衆の願うヒーロー像」
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月10日 11時5分
陸軍と異なり、海軍の軍法会議は必ずしも被告に有利な場ではなかったが、すでに軽い量刑が出された陸軍側(求刑禁錮8年─判決同4年)と対照的に、主犯格の海軍青年将校へ死刑が求刑されたことで、世論は激烈にヒートアップする。
嘆願書は公判開始から2カ月ほどで約70万通を超え、1933年末までに約114万通に達したといわれる。世論の隆盛は海軍部内を動揺させ、最終的に有期刑への減刑が実施される。
このように嘆願運動には、利益政治批判の高まりの裏面として、清廉で大義に殉じる青年将校のイメージが作用した。その背景には、軍が政治的意図のために被告の主張を支援し、メディアが拡散する構図が存在した。
陸海軍も青年将校も歴史上の存在となった現代日本において、嘆願運動が当時の形で盛り上がることは無いだろう。ただもし被告の主張が一般に意義を広く認められ、それを支持拡散する組織やメディアが強力であればどうか。
私たちが今いかなる価値を重んじ、どのような社会を目指すのか。改めて一人一人に問われていると考えるべきだろう。
小山俊樹(Toshiki Koyama)
1976年生まれ。京都大学文学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門分野は日本近現代政治史。主な著書に『五・一五事件──海軍青年将校たちの「昭和維新」』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『憲政常道と政党政治』(思文閣出版)、『評伝 森恪』(ウェッジ)、『近代機密費史料集成Ⅰ・Ⅱ』(ゆまに書房)、『大学でまなぶ日本の歴史』(吉川弘文館、共編著)など。
『アステイオン』99号
特集:境界を往還する芸術家たち
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
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