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小中学生に異例の大ヒット「5分後シリーズ」をご存じか

プレジデントオンライン / 2020年2月20日 11時15分

桃戸ハル『5分後に意外な結末ex 白銀の世界に消えゆく記憶』(学研プラス)

「5分後シリーズ」という短編集が小中学生に人気だ。ライターの飯田一史氏は「出版業界では、短編集は長編小説と比べて『売れない』とされてきた。ところが『5分後シリーズ』の大ヒット以降、『○分で××』と題した短編集が次々と出るようになった」という――。

■出版業界の常識を覆した『5分後に意外な結末』

書店で『5分で読める○○』『3分で××』といったタイトルを冠した短編集が増えている。出版業界では、短編集やアンソロジーは「売れない」とされてきた。ところがあるヒットシリーズの登場以降、またたく間に「○分で××」という短編集が次々と出るようになった。

この流れを作ったのは、『5分後に意外な結末』(学研プラス)というシリーズだ。日本や世界の古典や小話、都市伝説を翻案したり、新作を書き下ろしたショートショートの短編集で、2013年の刊行以降、シリーズ累計で260万部を突破している。

特にこのシリーズは小中学生に圧倒的に支持されている。全国の小中学校で行われる「朝の読者運動」の2018年ランキングでは、中学校部門で第1位。第1回「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」(ポプラ社)では、小5、小6のランキングトップ10に2冊ずつ入り、シリーズごとのランキングでは7位だった。

■「朝読で読まれる本にしたい」

ヒットの背景には「朝の読書運動」(朝読)がある。小中高で朝の10~15分のあいだ子どもが自分で選んだ好きな本を一斉に読む、という運動である。1988年に千葉県の私立船檎学園女子高校(現東葉高校)で始まり、その後、2000年代に入ってからは読解力をはじめとする学力向上を目的に実施校をさらに増やしていった。2020年1月6日現在、全国の小学校の80%、中学校の82%が実施している(朝の読書推進協議会調べ)。

シリーズの担当編集者である目黒哲也氏(学研プラス コンテンツ戦略室エグゼクティブ・プロデューサー)は「朝読で読まれる本にしたいけれども、子どもの集中力は10分も続かないと思い、半分の『5分』にしたんです」と語る。

『5分後』シリーズの何が画期的だったのか。それは、内容的にもパッケージ(装丁)的にも、児童書を卒業した後の「ポスト児童書」期の子どもが手に取る本としてベストだったからだ。

■狙いは“児童書”を卒業した子どもたち

目黒氏は「小学校高学年から中学生くらいまでの男子をターゲットにした本」がほとんどないと感じており、そこに向けた本を作ろうと考えた。

桃戸ハル『5秒後に意外な結末 アポロンの黄色い太陽』(学研プラス)
桃戸ハル『5秒後に意外な結末 アポロンの黄色い太陽』(学研プラス)

児童書の世界では、小学校中学年以上の男子は「空白地帯」、女子も小学校高学年以上は「児童書コーナーでは本を買わない」と考えられていた。書店でも小学校高学年~中学生向けの本は「児童書コーナー」にはあまり置いていなかった。

ある程度の年齢になると児童書棚に行かないから売れないのだという意見も多かったが「本当か?」と目黒氏は思った。そこで、ヒントになったのは自身の経験だ。

「僕は子どものころ、星新一さんのショートショートが好きでした。『短く読めて、最後にカタルシスがあるお話が好き』なのは今の子どもだって変わらないだろう、と思ったのです」

■子どもっぽくなく、大人向け過ぎず

たとえば「講談社青い鳥文庫」や「角川つばさ文庫」などのいわゆる児童文庫。キャラクターを前面に押し出したイラストを配し、小学校中学年から中1くらいまでの子どもたちに支持されている。しかし、発達が進んで「子どもっぽい」と感じる女子や、イラストの雰囲気から「女のものだ」と思う男子がいる。

かといって、一般文芸では大人向けすぎて親しみがなく、ライトノベルも最近では多くが中学生の方を向いていない。13~19歳のいわゆるYA(ヤングアダルト)向けの出版レーベルもあるが、多くは「大人も読める」内容になっており、ローティーン、ミドルティーンにはまだ少し難しい。装丁がピンとこない、または「朝読で読むには長すぎる」ものも少なくなかった。

そこにソフトカバーでもハードカバーでもない、その間のような雰囲気の「仮フランス装」(表紙の4辺を内側に折りたたむ製本方法)に、キャラクター然・マンガ然としていないがポップな(それでいて児童文庫よりはやや大人びた)イラストを配した「1作5分で読める短編集」として5分後シリーズは現れた。

桃戸ハル・菅原そうた『5億年後に意外な結末 ピグマリオンの銀色の彫刻』(学研プラス)
桃戸ハル・菅原そうた『5億年後に意外な結末 ピグマリオンの銀色の彫刻』(学研プラス)

手に取って読んでみると、一編が短いだけでなく、小説を読み慣れていない子でも入っていきやすいようにできていた。『5分後に意外な結末』では小咄や著作権の切れた短編小説の翻案が収録されている。

もとの作品では舞台設定が外国のなじみのない町であったり、いかにも昔の小説といった文体で書かれたりしていたものも少なくないが、そういう敬遠されそうな要素は文章に手を入れて払拭。作品の核を活かし、オチの鮮烈さが今の子どもに伝わるような演出を施した。

これが5分後シリーズが爆発的な支持を集めた理由である。

■朝読にとどまらない「時短本」の需要

もちろん、朝読だけでは累計260万部の大ベストセラーとまではいかなかっただろう。きっかけは朝読でも、他の時間でも読みたいと思ったからこそ、ここまでのヒットになったはずだ。しかし、朝読以外の時間で子どもに本を読んでもらうには大きな障害がある。

小中高校生に1カ月間に本を読んだかを聞き、「本を読みたかったが読めなかった」と答えた人を対象に、その理由を尋ねた調査がある(毎日企画サービス『読書世論調査2018年度』)。

これによると、本を読みたかったが読めなかった人が「本を読まなかった理由」のトップは「本を読む時間がなかったから」だった。読みたかったが読めなかった人のうち、小学生では54.3%、中学生では76.7%、高校生では88.4%が該当した。

そもそも本を読みたいと思っていない人間に読ませる(買わせる)のはなかなか難しい。だが本を読みたいという意欲を持つ人間には、適切な作品を、適切なかたちで提供できれば商機はある。

ただし、読みたくても読む時間がないと子どもたちは感じている。時間がないからこそ、読む前から“5分”で“意外な結末”や“感動のラスト”が約束されている本に手を伸ばす人が多かったのだろう。

5分後シリーズは短いだけでなく、タイトルで“意外な結末”や“感動のラスト”と「オチ」が強調されているのもポイントだ。

■「5分後シリーズ」に学ぶ手法

こうして5分後シリーズは「短編集やアンソロジーは売れない」というジンクスを跳ね返し、無数のフォロワーを生むことになった。

本家も「もともとのコンセプトが『読者を飽きさせない』というものでしたので、その後『5秒後に意外な結末』、恋をテーマにした『5分後に恋の結末』、セルフパロディのような『5億年後に意外な結末』と派生シリーズも展開してチャレンジを続けていますが、いずれも好評です」(目黒氏)。

『5分後』の派生で出した『5秒後』シリーズは1ページ目にフリがあり、めくると2ページ目にオチが書いてある、というショートショート集だ。こちらも目黒氏が好きだったという多湖輝のベストセラー『頭の体操』の「フリがあり、考えて、めくると答えがある」という構成がヒントになっているという。

■今の時代「得るものがすぐわかるもの」が好まれる

「すぐにおもしろい」というものが好まれるのは、大人向けでも同じだ。5分後シリーズは2019年末に『5分後に意外な結末 ベスト・セレクション』として、一般向けの講談社文庫からも刊行されている。4刷4.5万部と順調に売れており、発売以降一度も売上が落ちることなくコンスタントに販売数が伸び続けているという。

大人向けの本を子ども向けに翻案する取り組みはこれまでもあった。今後は、子ども向けの本から生まれた手法やシリーズを大人向けに展開するという動きが増えそうだ。

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飯田 一史(いいだ・いちし)
ライター
マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃─ネット発ヒットコンテンツのしくみ』(筑摩書房)など。グロービスMBA。

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(ライター 飯田 一史)

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