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まったく同じ仕事でも「直雇用バイトは時給1000円で、派遣は1500円」になる理由

プレジデントオンライン / 2020年3月11日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

新宿のある居酒屋では「同じ接客仕事」の時給が、直雇用のアルバイトでは1000円だが、派遣会社に登録しているスタッフは1400円という。なぜまったく同じ仕事なのに待遇差があるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「この4月から改正労働者派遣法が施行され、派遣スタッフの時給が上がり、両者の格差はさらに広がる」という――。

■同じ居酒屋の接客仕事、時給がバイト1000円・派遣1400円の「背景」

同じ飲食店で働く場合、店に直で雇われる「アルバイト」より「派遣」で働くほうが、時給が高くなるケースが増えているのをご存じだろうか。

新宿の居酒屋で派遣として働く男子大学生がこんな話をしてくれた。

「店に直に雇われているバイトの時給は1000円ちょっとですが、僕の時給は1400円です。この店はキッチンもフロアも外国人のバイトがメインで、日本語があまりうまくできないし、早く辞めてしまう人もいる。派遣料金が多少高いのは信頼のおける人が現場に配置されるからではないでしょうか」

居酒屋など飲食店のアルバイトだと、通常、最低賃金を少し上回る程度の時給となるのが普通だ。東京都の最低賃金は1013円だが、同じ仕事でも、前出のような男子大学生ははるかに高い時給をもらっている。

実際にネットで「居酒屋派遣」で検索すると「1300円+交通費」を提示している派遣会社も少なくない。

人材サービス大手のエン・ジャパンの担当者はこう語る。

「飲食店でもやはり派遣の時給が高い傾向にあります。まず飲食店が派遣会社に派遣の発注をする場合、派遣会社自身が募集する派遣スタッフの時給を見て、それに見劣りしない時給を提示してきます。その結果、直接雇うバイトよりも高くなる」

しかし、バイトよりも高い時給を払ってでも派遣を使うメリットはどこにあるのか。担当者は以下の3つの理由を挙げる。

■バイトよりも高い時給を払っても「派遣を使う」メリット3

(1)必要なタイミングで人員をそろえることができる
(2)派遣会社の面接を通っているので人材レベルが高い
(3)給与・社会保険料支払いなどの業務が不要

(2)については、冒頭の大学生が言うようにすぐ辞めるというリスクがないということだ。(3)も細かい給与計算などの手続きを省くことができる。

パブで働く女性のジョブイメージ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/kazuma seki)

(1)については「繁忙期のタイミングで人手を増やしたい、あるいは3日後のシフトがどうしても集まらないので用意してほしいという依頼もできます。また、オープニングスタッフとしていつまでに何人用意してほしいなど、要望に添って期日までに人員を用意してもらえる可能性が高い」(担当者)というメリットもある。

もちろん人手不足も影響している。

たとえば、飲食店などが求人広告を出しても求人コストが高くつく割に人手が集まらないという悩みをよく聞く。そこで、派遣会社にマージン込みの高い料金を払っても利用する店も多いようだ。

実は居酒屋など飲食店に限らず、他の仕事でも派遣のほうが時給は高い。

■「一般事務」時給、バイト1060円vs.派遣1601円

2020年1月のアルバイトと派遣の職種別平均時給を比較してみよう(アルバイトはアイデムの「パート・アルバイトの募集時平均時給・関東4都県」、派遣はエン・ジャパンの「募集時平均時給調査・関東」)。

【図表1】アルバイトと派遣の職種別平均時給

時給の違いは歴然としている。しかも派遣の時給は派遣会社によって時給も違う。都内主要駅の土産物売り場で販売員をしている男性(27歳)はこう語る。

「一緒に働いている人たちは派遣が多いですね。ただし、登録している派遣会社が違うので時給も違います。僕は時給1400円ですが、別の派遣スタッフは同じ仕事なのに1500円。『なぜ違うの?』と聞くと、派遣会社と派遣先企業の力関係や交渉で決まるらしく、そのスタッフは派遣先の仲間と時給の話はしないようにと派遣会社から言われているそうです」

バイトより派遣の時給が高いとしても、どの派遣会社を選ぶのか、慎重に吟味する必要がありそうだ。

■2020年4月から派遣の時給がさらに高くなる「事情」

加えて2020年4月から派遣の時給がさらに高くなる予定だ。派遣社員の同一労働同一賃金を規定した「改正労働者派遣法」が今年4月に施行される。その中で派遣の大幅な賃金アップを要求している。

Most important investment decision so far
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Drazen_)

本来、派遣社員の同一労働同一賃金は、実際に働いている派遣先の正社員と比較して同じ働き方であれば同じ給与、働き方に違いがあれば違いに応じて支払う「均等・均衡待遇」が原則だ。

だが、この原則には欠点がある。派遣の場合は大企業に派遣されると正社員との比較で時給が高くなるが、逆に中小企業に行くと時給が下がるなど不安定になってしまうのだ。

そこで、(1)「派遣先均等・均衡方式」を原則としながらも、特例として派遣会社と派遣社員の過半数で組織する労働組合(または過半数代表者)との協定で給与などを決める(2)の「労使協定方式」を選ぶことができることとした。

現状、大手派遣会社を中心に(2)の「労使協定方式」を選択する派遣会社が圧倒的多数となっている。

なぜなら、(1)の派遣の均等・均衡待遇を図るために派遣を受ける企業は自社の正社員の基本給・賞与など給与に関する情報を派遣会社に提供する義務がある。

しかし「派遣を受ける企業は、自社社員と派遣社員との処遇をそろえることに抵抗感があり、また基本給や賞与、手当などの情報を提供することを嫌がっている。その結果、労使協定方式を求めてくる企業が多い」(業界関係者)という。

■派遣会社の中には派遣社員の賃金を安く設定して派遣する可能性も

とはいえ、派遣会社と派遣社員が話し合って勝手に時給を決めることはできない。労使協定方式の場合、法律では「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金額として厚生労働省令で定めるものと同等以上であること」を求めている。

労使協定方式であっても派遣会社の中には立場の強さを背景に派遣社員の賃金を安く設定して派遣する可能性もあるからだ。

そのため厚労省の通達では「基本給・賞与」、「通勤手当」、「退職金」の3つについて守るべき水準(金額)を示し、それ以上を支払うことを求めている。

たとえば「基本給・賞与」については厚労省の「賃金構造基本統計調査」などの統計調査の一般労働者の職種別平均賃金(時給換算)に基づいた経験年数ごとの時給が示されている。

さらに都道府県別・ハローワーク別の「地域指数」を乗じたものが最低基準の時給となる。この時給に以下の「通勤手当」と「退職金」を加算しなければならない。

通勤手当は、自宅と派遣される起業の間の交通費を実費支給する場合、あるいは定額を支給している場合でも時給プラス72円以上にしなければならない。

退職金については、A)勤続年数などによって決まる一般的な退職金制度を適用する、B)時給に6%を上乗せする退職金前払い方式、C)中小企業退職金共済制度など退職年金制度に加入している場合は掛金を給与の6%以上にする――という3つの選択肢があるが、いずれにしても6%上乗せが最低基準となる。

退職金相当分については自社に退職金制度がない派遣会社も派遣に支払う必要がある。

なぜなら「労使協定方式で比較するのはあくまでも一般労働者の平均的な水準であり、法律の趣旨に添って平均的な退職金の水準と同等以上を支払う必要がある」(厚労省需給調整事業課)からだ。

■4月から新宿の居酒屋接客「派遣時給」は最低1586円になる

では実際にいくらになるのか。指標となるハローワークの「職業安定統計」の「飲食物給仕係(居酒屋店員、ウエイター・ウエイトレスなど)」の経験年数0年(未経験者)の正社員の平均時給は1221円。

居酒屋で串焼き鶏肉、豚肉、牛肉を焼くシェフ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/ablokhin)

東京の新宿で働く場合、新宿地区の地域指数は117.0となり、これを乗じると時給は約1428円になる。これに通勤手当と72円と退職金上乗せ分の6%を上乗せすると、合計1586円になる。

つまり、新宿の飲食店で給仕を担当する派遣にはこの4月以降、最低でもこの金額を支払う必要がある。

すでに4月の法律施行を前に、大手派遣会社を中心に法律に則った派遣の処遇改善のために派遣先企業に派遣料金の値上げ交渉を行っている。

賃上げに伴う派遣料金の値上げを求められたら派遣先企業も配慮することが法律に明記されている。

派遣にとっては朗報だが、4月以降はアルバイトと派遣の格差がさらに拡大することになるだろう。

■派遣の時給が上がることで「聞き捨てならない弊害」

一方、派遣の時給が上がることの弊害も指摘されている。

ひとつは派遣先企業の中には負担増を嫌い、派遣社員の受け入れを控える動きが出ることだ。また、派遣業界の関係者はこう指摘する。

「都道府県労働局に提出する協定書の内容や手続きをクリアできるのか不透明です。基準内容を満たしているか、さらに労働組合がない派遣会社は過半数代表者の選出過程などの手続きも厳しく問われることになります。最も危惧するのは派遣会社が派遣をやめて派遣先企業と“請負契約”を交わすことで請負化する可能性もあります。両者が癒着すると、派遣社員としては入った企業の指示で働く違法な偽装請負が増えることになりかねません」

労働局への届出の手続きを行わなければ派遣会社は事業を存続できなくなる。改正労働者派遣法の施行を契機に中小の派遣業界の淘汰が進行し、派遣会社が激減するとの見方もある。

派遣時給の値上げを契機に派遣会社の淘汰が進めば、どの派遣会社に登録するのかを含めて、働く側にも混乱が発生する可能性がある。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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