従業員を大切にすることが質の高いサービスにつながる
プレジデントオンライン / 2020年12月8日 9時15分
■中3でパーマを当てて、引っ越しのアルバイト
アートコーポレーションは両親が創業しました。前身の寺田運輸の創業が1968年。その翌年に私が長男として生まれました。生まれたときは大阪在住でしたが、3歳のとき奈良の学園前というニュータウンの抽選に当選して引っ越しました。以来、大学卒業まで奈良県民です。
子どものころから両親は忙しく働いていました。学校から帰ると弟を連れて外でよく遊んでいました。遊び場も自然相手でお小遣いもほとんど使わなかったです。父と母がたまに家にいて一緒に食事をするときも仕事の話ばかり。聞いても理解できないので、「いい加減にしてくれ」と両親に言ったことがありました。
一方で、自分が将来、引っ越しの仕事をするだろうとも考えていました。男の子の夢はパイロットとか宇宙飛行士が相場でしたが、自分にそういう道はないものだと幼心に覚悟を決めていた気がします。
初めて家業を手伝ったのは中学3年生のときでした。もともと我が社には「忙しいときはみんなでやろう」というDNAがあります。当時は会社の売り上げが100億円に達するかどうかという伸び盛りの時期で、忙しかったのです。夏休みなどのまとまった休みになると、バイトに駆り出されました。初めてバイトに入る前日には、父に床屋さんに連れていかれました。おぼこい中学生ではお客様が不安になると考えたのでしょう。少しでも大人っぽく見せるため、パーマを当てられたのです。
引っ越しの仕事は充実感がありました。朝6時から暗くなるまで働いてヘトヘトでしたが、お客様から「ありがとう」「助かった」と言葉をかけていただくと、疲れも吹き飛びました。それまでの人生で人にお礼を言われる経験はなかったので、喜びもひとしおでした。ちなみに夏休みが終わるころには、パーマが伸びて鳥の巣みたいなアフロヘアになっていました。そのままでは学校に行けないので、今度はスポーツ刈りに。ひと夏のいい思い出です。
高校は地元の県立に行きました。休み期間中のバイトも続行です。私はバイク好きで、初めてのバイクはバイト代を貯めて買いました。車の運転も大好きで、大学は車で通学できる大阪国際大学に入りました。実は父も車とバイクのマニアなのです。
卒業後は、まっすぐ我が社に入社しました。関西を出てみたかったので、配属は関東を希望。横浜支店で、営業職として働き始めました。
正直、創業者の息子としてのプレッシャーはありました。両親に恥をかかせることだけは避けたくて、1年目からとにかく何かで1位になろうと目標を立てました。我が社の営業職は引っ越しだけでなく、買い替えの家電製品やハウスクリーニンクなどのオプションも販売します。私が狙ったのは、エアコンの販売です。必死に頑張って途中までは1位でしたが、最後に百戦錬磨の先輩に抜かれて3位で終わりました。
■厳しかった父の言葉「2番以下は一緒や」
私としては3位でも格好をつけたつもりでした。しかし、全国営業会議で行われた表彰式で、父は「2番以下は一緒や」とばっさり。改めて厳しい世界だと思い知らされました。
厳しい父でしたが、褒めてもらったこともあります。営業推進部の部長時代に採用活動を強化して成功したのです。引っ越し業界は3Kのイメージが強くて、就職先として不人気でした。一方、就活が本格化する春は引っ越しシーズンで、みんな忙しい。そのような状況下で、あえて接客品質の高い営業メンバーを採用活動に駆り出しました。父は「忙しいのに営業職を使って採用活動なんて」と猛反対です。当時は買い手市場でしたが、当社は「採用も品質」と、学生にもお客様に対応するように接する採用活動を行いました。
その年は100人近い学生を採用できて、日経ビジネスの就活満足度ランキングの説明会セミナー部門で1位、総合でも5位に入りました。他の上位は誰でも知っている有名企業の中、運送業界でランキングに入ったのは、我が社だけ。父も「すごいな」と評価してくれました。
1位へのこだわりは、私が社長になった後も引き継いでいます。いま我が社がこだわるのは件数ではなく顧客満足度です。件数を稼ぐだけなら右から左に「えいや」でやってしまえばいい。しかし私たちは引っ越しの品質を高めてお客様にご満足いただくことを目標にしています。
じつはオリコンの満足度調査で3年連続1位でしたが、年々期待値が上がっていることもあってか、今期は1位を逃しました。ふたたびトップを奪還できるよう、現在取り組んでいるところです。どうすればサービス品質が向上するのか。重要なのは、従業員の働きやすさだと思います。父や母は「現場を見ろ」と口酸っぱく言っていましたが、まさにその通りです。お客様に一番近いところにいるのは従業員ですから、彼らの声に耳を傾けなくてはいけません。
2017年に業界で初めて定休日を導入したのは、労働環境を改善するためです。このコロナ禍でも、現場の熱中症対策としてマスクフレームをいち早く開発しました。従業員を大切にすることで現場に活気や余裕が生まれて、お客様に質の高いサービスをご提供することにつながっていく。その考えのもと、さらに改善を重ねていくつもりです。
■浜ちゃん総研所長の目
両親は、発想力に優れた起業家だ。引っ越しを始めたのは、運送事業の主要顧客が週休2日で、休日にトラックを有効活用できないかと考えたからだった。事業は急成長して両親は家を空ける時間が長かった。グレてもおかしくない環境だったが、「親の背中を見ていたら、悪さをする気になれなかった」と政登氏。
発想力も親の背中を見て受け継いでいる。営業推進部部長のころは、猫の手も借りたいハイシーズンに、営業メンバーを駆り出して採用活動に力を入れた。目先の人手不足より、長期的に人材確保することを優先した判断だった。この「急がば回れ」の発想は、生産性を高めるうえで経営者に欠かせないものだ。
同社は引っ越し件数より品質の高さを重視している。コロナ禍でも、新居の除菌やリモート見積もりを開始するなど、さっそく顧客のニーズに応えるサービスを開始した。ただ、品質改善以上に従業員が生き生きと働ける環境を整えることが高品質なサービスにつながると考えて、作業中の熱中症対策になるマスクフレームを開発した。顧客のためにこそ、従業員を大事にする。この姿勢は他の企業にも参考になるのではないだろうか。
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1969年生まれ、奈良県出身。大阪国際大学経営情報学部卒業。94年アートコーポレーション入社。98年大阪支店長、2000年営業推進部部長を経て、取締役に就任。04年常務取締役、09年専務取締役、17年取締役副社長を経て、19年12月に社長就任。弟の秀樹氏は専務取締役。
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経済評論家
1955年生まれ。79年東京大学法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。大阪税関長、消防庁審議官、財務省大臣官房政策評価審議官、税務大学校長などを歴任。現在、関西大学客員教授。
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(アートコーポレーション代表取締役社長 寺田 政登、経済評論家 浜田 敏彰 構成=村上 敬 撮影=熊谷武二)
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