「冬ボーナスもらってトンズラか」優秀人材ほど、年末年始に転職に動くワケ
プレジデントオンライン / 2020年12月8日 9時15分
■今冬のボーナスは前年比10%減「リーマンショックを超える減少幅」
今冬のボーナスは、歴史に残る最悪の低さとなる公算が大きい。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、一人あたりの平均支給額は34万7800円、前年比マイナス10.7%と、リーマンショックを超える減少幅を記録すると予測する(11月9日)。
第一生命経済研究所もボーナスの支給がない労働者を含めた平均では前年比マイナス11.5%と予測し、こちらも記録的なマイナスだ。
最大の要因はコロナ禍の業績不振だが、固定給の月給と違い、ボーナスは業績の影響を直接受ける。すでに2021年度赤字決算予想のANAやJTBはボーナスゼロを打ち出している。日本航空も前年の給与の2.5カ月から0.5カ月に引き下げる。
オリンピック関連の案件が軒並み延期・中止になり、上半期赤字決算となった広告会社の人事部長はこう語る。
「下半期から固定費額の大きい採用費、広告宣伝費、交際費などの削減を実施している。しかし、それだけでは追いつかず人件費削減は避けられない。雇用を確保するという条件でボーナスカットを労働組合に提案し、交渉している」
労働組合の中央組織・連合の冬のボーナス交渉(11月30日時点回答集計)では、平均支給額は約62万4000円。昨冬の約68万3000円から6万円も下がっている。業種別では製造業、商業流通、交通運輸、情報・出版など軒並み前年比ダウンとなっている。
■日本の企業の大多数を占める中小企業の半分近くは「ボーナスゼロ」
それでも出るだけましだ。日本の企業の9割以上を占める中小企業はもっと悲惨だ。
大阪シティ信用金庫が1016社の中小企業の調査した結果(11月19日)によると、ボーナスを支給する企業は前年比11.2%減の54.0%。支給しない企業は46.0%と半分近い。支給企業割合はリーマンショック後のマイナス9.1%を上回り、この調査を開始した1998年以来、最大の減少幅となった。
中小企業に限定しなくても「不支給」は少なくない。
エン・ジャパンの「2020年冬季賞与」実態調査(1263社)によると、ボーナス支給予定の企業は66%、支給予定がない企業は34%だった。
業種別では支給予定なしが最も多いのはマスコミ・広告の65%、次いでサービス業の51%だ。驚いたのは、コロナ禍のテレワーク需要などで好調とされるIT・通信・インターネット業が39%と3番目に多いことだ。好調な業界でも明暗が分かれているということか。
■「金の切れ目が縁の切れ目」会社を見限る社員が急増しそうな気配
こうしたボーナスの低下・不支給は、当然、社員のモチベーションに影響を与える。中堅IT・インターネット業の担当者はこう話す。
「コロナの影響があり、今冬のボーナスを給与に応じた一律支給に変更しました。そのため、『自分は正当な評価がされていない』との不満が発生する可能性が高い。上司も、部下と面談する機会が失われており、説明が難しい状況です」
金の切れ目が縁の切れ目という言葉があるが、コロナ禍とはいえ、これまで献身してきた企業からの見返りが十分でなければ、人心は離れるということは十分に考えられる。
転職求人倍率は昨年よりは下がっているものの、2020年10月の倍率は1.65倍と堅調だ。業種別ではIT・通信は4.89倍と売り手市場にある(DODA調査)。引く手あまたのIT人材であれば転職も容易だろう。
■人事部「ボーナス支給を引き金に離職者が増えるのではないか」
じつはIT人材に限らず、冬のボーナス支給を引き金に離職者が増加するおそれを多くの企業の人事担当者が懸念している。
ボーナス支給の条件を、「支給時期に在籍している」とする企業も多く、これまでにもボーナスをもらってトンズラする社員もいた。
ボーナスはモチベーションに影響を与えるだけではなく、会社や事業の将来性を占う試金石でもある。その意味で、今後想定される離職者増加の背景にはボーナス案件に加えて次の2つの要素も考えられる。
① コロナ禍による業績不振やビジネスの先行きなど会社の将来性に不安を持つ人が増えている。
② テレワークの常態化によって会社への帰属意識や上司への信頼感が失われつつある。
ビジネスコンサルタントの大塚寿氏は、ビジネスパーソンが転職するべきかどうかの判断は、①自分の業界、②自分の会社、③自分の部門、④直属の上司、⑤自分自身――の5つの順番で分析することが重要だと、筆者の取材で述べている。
具体的に言えばこういうことになる。
・自分の業界は将来も有望なのか。
・会社は将来も生き残れるビジネスモデルや戦略・ビジョンを持っているか。
・会社が安定していても自分の部門は本流なのか傍流なのか。
・上司は信頼に値する人物なのか
これらをしっかり分析・評価する。もちろん自分自身はどうしたいのかも大事な判断基準だが、「周辺環境」をより重視したい。なぜなら「ビジネスパーソンは大海に浮かんだ小舟のような存在にすぎないからだ」と大塚氏は言う。
■コロナ禍で自社の将来性に疑問を持ち、在宅勤務で帰属意識が薄れた
とくに今はコロナ不況によって「3密業種」を中心にビジネスの危機に直面し、多くの業界や会社がビジネスモデルの変容を迫られている。
同じ飲食業界でも都心型店舗主流か郊外型店舗か、3密対策の無人化・省力化戦略で業績の明暗が大きく分かれ始めている。
働き方に関しても緊急事態宣言解除以降、テレワークやオンライン化が進む一方で、そうしたシステム投資をしないでいまだに出社を強制し、対面にこだわる「昭和的経営者」も少なくない。
実際にコロナ禍で業界や会社に見切りをつける人も増えている。エン・ジャパンの「ミドル世代の『転職意向』実態調査」(7月17日発表)によると、新型コロナウイルスの流行によって「転職意向が強まった」と回答した人が39%もおり、逆に弱まった人は9%にすぎない。
転職意向が強まった人のコメントでは、
「緊急事態下の状況にあっても事業が持続可能な企業とそうでない企業が選別されたように思われ、前者への転職希望がより高まった」
「時間をかけて通勤すること自体に疑問を持つようになったため」
といった声が挙がっている。
興味深いのは、転職意向が弱まったと回答した人のコメントに「現状、給与やボーナスに新型コロナの影響がまったくないことがわかったため」というのもある。
これは逆に言えばボーナスがカットされた場合は転職を選択する可能性があるということだろう。
■在宅勤務で「会社は自分に期待していないのではないか」と疑心暗鬼に
同調査で「転職を考えている」と回答した人の理由では「仕事の幅を広げたい」(35%)に次いで「会社の将来性に不安を感じるから」(33%)を挙げている。
在宅勤務などテレワークの働き方は、通勤時間がない分、自由な時間が増え、おおむね社員にも好評だ。
しかし、先ほど述べた離職者増加の要因の②のように、上司に対する信頼感や会社への帰属意識が失われると、離職を促す副作用もある。
実際、コロナ前だが、こんな実例があった。
ある企業で営業職を中心に数カ月間のテレワークをトライアルで実施した。ところが上司や同僚とのコミュニケーションが減り「会社は自分に期待していないのではないか」と疑心暗鬼に陥り、20代社員の3分の1が会社を辞めたというのだ。
■「この程度のボーナスしか出せないのなら将来も危ない」
テレワーク勤務はコミュニケーションなど丁寧なフォローを怠ると社員の心は会社から離れていく。パソナ総合研究所の「コロナ後の働き方に関する調査」(12月1日発表)によると、在宅勤務を行った結果、「仕事以外の生活の重要性をより意識するようになった」と回答した人が46.1%と約半数に上る。
その理由で最も多かったのは「家事や家族とのコミュニケーションに使う時間が増加したため」(61.2%)だったが、一方で「会社の同僚などと接する時間が減ったため」と回答した人が27.0%、「会社への帰属意識が低下したため」と回答した人が19.9%もいた。
家族とのコミュニケーションが増えることは結構なことだが、これらと連関して会社への帰属意識が薄れていくのはある意味で自然なのかもしれない。
そしてその結果として「今回の在宅勤務をきっかけに、職業選択や副業などへの希望は変わりましたか」という質問に対して「近い将来の転職を検討し始めた」人が16.6%、「希望する職務や就業先が変化した」人が9.5%もいる。転職を検討し始めた人は20代が30%を超えている。
■年末から来年初頭にかけて優秀人材の流出が起きるかもしれない
また両者(「転職検討」「希望職務・就職先に変化」)に希望する職務や転職についての考え方が変わった理由を尋ねると「在宅勤務を機にワークライフバランスを変えたくなった」が最も多く42.9%、次いで「在宅勤務を機に現在の職務や会社の将来に疑問が生まれた」が29.0%となっている。
在宅勤務をきっかけにキャリアに対する考え方が変化し、スキルアップを含めて転職を意識するようになる。さらにコロナ禍の業界や会社の状態を見て、将来に不安を感じてますます離職を意識するようになる。
その決意にとどめを刺すのが冬のボーナスだ。「この程度の金額しか出せないのなら将来も危ない」と、見切りをつける社員が増えてもおかしくはない。
とはいえ、不況下で売り手市場から買い手市場に変化し、以前ほど転職も容易でなくなってきているのも事実だ。加えて、今回の不況は不調業種・企業とそうでない業種・企業の二極化が起きているのも一つの特徴だ。
好調企業の採用意欲は旺盛であり、優秀な人材を求めている。今年の年末から来年初頭にかけて優秀人材の流出が起きるかもしれない。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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