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ダウンタウンの育ての親が「東京でずっと暮らすとバランスが悪い」と話す理由

プレジデントオンライン / 2021年2月24日 15時15分

鳥取大学医学部附属病院の原田省病院長(左)吉本興業会長の大﨑洋氏(右) - 撮影=中村治

吉本興業の大﨑洋会長は2011年より、全国47都道府県に芸人を派遣している。もともと2億円の赤字を見込んでいたというが、なぜ実施に至ったのか。鳥取大学医学部附属病院の原田省病院長が聞いた――。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 6杯目』の一部を再編集したものです。

■東京でずっと暮らしていると「バランス」が悪くなる

【原田省(鳥取大学医学部附属病院長)】大﨑さんが坪田信貴さんと出された『吉本興業の約束』(文藝春秋)を読ませて頂きました。この本では〈吉本が考える地方創生〉と1章を割いて、地方創生に触れられています。そこで是非、大﨑さんに米子と病院を見て頂きたいと思ったんです。大﨑さんが“地方”を気に掛けるようになったのはいつ頃からなんですか?

【大﨑洋(吉本興業会長)】ぼくは大阪の堺で生まれて、なぜか吉本興業(以下吉本)に入りました。入社して6年目に会社が東京で事務所を作るっていうので、レンタカーを借りて布団とか積んで東京に行ったんです。

【原田】漫才ブームの頃ですね。

【大﨑】ええ。それでバタバタして気がついたら、もう何十年も経っていた。あるとき、新宿の(JR)ガード下で電車の通る音を聞いて、突然、昔を思い出したんです。こんな音、子どもの時以来、聞いていなかったなぁって。なんか東京でずっと暮らしているとバランス悪いなと思うようになったんです。

【原田】私は出張でしばしば東京に行きます。東京は便利で魅力的な街ですが、日本の中で特別な場所。東京を標準に考えることはできないと思います。

■47都道府県に契約社員一人ずつを雇うプロジェクト

【大﨑】それで十年前の(2010年)12月頃に、東京の下町の本郷で、今の社長の岡本(昭彦)君と銭湯に行って、サウナに入っていたんですよ。するとNHKで、地方が疲弊していて若者が働く場所がないというニュースが流れていた。隣りに座っていた岡本君に「お笑いって産業にもならへんし、沢山の雇用を創出するわけではないけれど、47都道府県に契約社員一人ずつ雇って、地方から大阪や東京に出てきている芸人を住まわせたら、おもろいんちゃうか」って話したんです。

【原田】それが「47都道府県住みますプロジェクト」となった。

【大﨑】(2011年)1月4日に吉本のホームページに、プロジェクトを始めます、契約社員募集しますって載せました。そうしたら、5千人ぐらい募集があったんです。その中から面接して47人採りました。4月1日、(通常採用の)新卒の子たちと一緒に入社式をしました。そうしたら、〈住みます社員〉の子たちが、胸張って、地元のため、故郷のために頑張りたいと言うんです。その思いと熱量に驚きました。

■住みます芸人に学ぶ「生き残る力」

【原田】ここ米子もそうですけれど、地元に熱い思いを持つ若者は多いです。とはいえ、吉本も民間企業。彼らを雇うことで、大きな赤字が出れば経営者としてはまずい。

撮影=中村治

【大﨑】(大きく頷いて)実家に住むという芸人はともかく、契約社員には給料を払わないといけない。財務(担当)に相談したら、2億2、3千万ぐらい赤字が出るっていうんです。それだったら、まあいいかと始めました。ところが、一年経ってみたら、百何十万なんですけれど、黒字でした。芸人の若い子たちが、昨日来て明日帰りますではなくて、本当に住んだのが大きかった。その決意が伝わったのか、地元の方々に可愛がってもらったんですね。

【原田】ただ、地方は東京や大阪と違って、芸人の仕事は多くないと思うのですが……。

【大﨑】大きいのはなくても小さいのがあるんです。町役場や村役場に、「ぼくたち吉本から来ました、ここに住んでます」って挨拶に行って、コミュニティFMのラジオの仕事をもらったり、村祭りの司会をして一日何千円の世界。それを積み重ねての黒字でした。芸人って、一人ひとりが個人事業主なので、気合いが入っている。喋りだけで、一生食っていこうという連中なので、ぼくらみたいなサラリーマンよりも生きる力があるんです。

【原田】文字通り、舌先三寸(笑)。

【大﨑】地方に行って、住みます芸人とか住みます社員にたまに会うんです。そうしたら、老いたら子に従え、じゃないんですがその子たちに教わることが多い。この生き残る力っていうのは、ぼくらのエンタメ(業界)、吉本の原点じゃないかなと思うようになりました。

■吉本会長から見えた、とり大病院の実際

【原田】ところで、大﨑さんは米子は初めてですか?

【大﨑】いえ、実は鳥取は父方の故郷なんです。親父は大阪の堺生まれなんですが、おじいちゃんが大山の山の奥で生まれた。戦争の後、おじいちゃんが大阪に出てきて、おばあちゃんと知り合って親父が生まれた。親父が亡くなる前、故郷に分骨したいっていうんで、親父とお袋たちと車に乗って分骨の場所を見に来ました。行ってみると田んぼの畦道のところにぽつんと石が置いてあって、ここですって言われて(笑)。それが25年前です。

【原田】今回、PCR検査で陰性を確認してから、病院を見学して頂きました。大﨑さんの目に、とりだい(鳥取大学医学部附属)病院はどう映りましたか?

【大﨑】ぼくみたいな素人がふっと来て、お邪魔なはずなのに、いろいろと説明してくださった。皆さん温かく丁寧。わざわざぼくのために、っていうんではなく、それが普通、いつもこんな感じで仕事をなさっているんだろうと感じました。あまり褒めてしまうと、嘘臭くなってしまいますけど(笑)。

■闘病中の妻の看病から救ってくれた看護婦の声がけ

【原田】『吉本興業の約束』に一昨年、2019年に入院していたと書かれていました。

ダウンタウン松本人志さんが「兄貴」と慕い、キングコング西野亮廣さんが「お父さん」と慕う、吉本興業会長・大﨑洋氏が、「ビリギャル」著者で坪田塾塾長・坪田信貴氏とが、DX(デジタルトランスフォーメーション)、地方創生、アジア、芸能界の契約などについて、語りつくした対談集。
ダウンタウン松本人志さんが「兄貴」と慕い、キングコング西野亮廣さんが「お父さん」と慕う、吉本興業会長・大﨑洋氏が、「ビリギャル」著者で坪田塾塾長・坪田信貴氏とDX(デジタルトランスフォーメーション)、地方創生、芸能界の契約などについて語りつくした対談集。

【大﨑】副腎に腫瘍ができていたんです。ずっと手術しなければならないと言われていたのを先送りしていた。それで手術をしたのが、丁度、昨年の騒動の時でした(笑)。ぼくは嫁を亡くしているんです。彼女はがんがいろんなところに転移して、十年ぐらい病院にいました。ぼくも病院に通って、そこから会社に行っていた時期もあります。そのときに思ったのは、お医者さんはもちろんですけれど、看護師さんたちが献身的で明るくてしっかりしている。彼女たちが「大﨑さん、今日も来てるけど仕事行かんでええの」とか「吉本の(当時)社長がこんなところにいたらあかんのちゃうの」とか、何気ない一言、二言を交わすことで、気持ちが明るくなったこともありました。

【原田】人のぬくもりも医療の一つだと思うんです。AI(人工知能)は全てを支配するって言う人がいます。医者の技術もAIにとって代わられる可能性もあるでしょう。でも、看護師が背中に手を当ててくれるだけで、痛みが消えることがある。その部分は絶対にAIにはできない。

■お笑いは“虚業”なのか

【大﨑】ぼくたちの仕事って、“実業”に対する“虚業”とされていた時期がありました。確かに、ぼくたちはお米を作るわけでも、鉄を叩いたりするわけでもなくて、いわば世の中にいらないことをしているわけです。でもこんな話もあります。炭鉱でみんながチームになって穴を掘っていた。みんなが顔を真っ黒にして汗だくになってやっているのに、一人だけおどけてみんなを笑わして、仕事しないのがいた。それを見た監督が、仕事していないからとクビにした。すると、チーム全体の効率ががくんと落ちた。お笑いって、そういう役割があると思うんです。

【原田】笑いや癒しって、医療の現場でも治癒力を上げる効果があると言われています。その他、患者さんがその医者を信じられるかどうかって、人間力みたいなものが関わってくる。でも、その部分はなかなか伝わりにくい。もし、とりだい病院が、癒しの力が強いとか主張したら、何を言っているんだって話になる(笑)。

【大﨑】そんなこと言うてるんだったら技術を磨けと(笑)。

【原田】ぼく自身、若い頃は、癒しなんていうのは技術が足りない分を補っているんだと思っていました。でも、その部分がなかったら、本当の治療にならないのではないかと。

【大﨑】割り切れない部分、曖昧な部分の良さっていうのもあるとぼくは思うんです。実は吉本って、定年なくしたんです。

【原田】ええっ、定年なくしたんですか?

【大﨑】ぼくにしても、吉本辞めて、そばを打つとか、カメラ提げて朝日撮るとかっていう気になれない。3、4年前から、邪魔しないから定年なしにできないかって、人事に相談していたんです。だって世の中が人生100年時代って言うようになりました。会社もそれに対応しなければならない。歌手とか役者っていうのは売れるピークがあって、何年、あるいは何十年で終わっていく。でもお笑いって、西川きよしさんだろうが、桂文枝さんであろうが、みんな現役。中学や高校出てから死ぬまで芸人なんです。年を取ってくると、家族がいたとしても、嫁さんと仲が悪いとか、離婚したとか、いろいろと出て来るじゃないですか。かといって、じゃあ、さよならってできない。

【原田】芸人って破天荒な私生活の人が多そうですし……。

【大﨑】そうなんです(笑)。芸人は年取っていくのに、社員だけが若いというのでは対応できない。(年配の芸人を扱う)ノウハウの蓄積ってあるじゃないですか。吉本は年齢も幅広いし、アメリカ人、中国人、インドネシア人などいろんな人がいる。

【原田】曖昧で多様性があるのが吉本の強みかもしれません。

【大﨑】少し前、吉本が芸人と契約書を結んでいないってえらく叩かれました。でも曖昧にしておいた方がいいところもあるんです。契約がないからこそ、柔軟に対応できるという面もあるんです。

■地方は疲弊するどころか力が溜まっている

【原田】大﨑さんの話を聞いていると、地方の人間関係と通じるところがあるような気がしてきました。地方は疲弊している、ってよく言われるんですけれど、ぼくは逆に力が溜まっている、底力があるような気がしているんです。問題はそれをどう使うか、なんです。東京って、刺激的なエンターテインメントがあって楽しい。ただ今回、新型コロナウイルスで、改めて感じたのは、住む、暮らすという意味では、こっちの方がすごく楽。新型コロナウイルスで、疲弊しているのはむしろ大都市ではないかと思うようになりました。

撮影=中村治

【大﨑】確かにそうかもしれません。底力をどう使うかというのも同感です。地方創生っていいますけれど、頑張り方が大切だと思うんです。一つの村や一つの町、一つの県が頑張っても、それは(他の地方との)パイの取り合いにしかならない。うちの祭り、例年の1.5倍になって売上げもあがったというれど、近隣県の売上げを奪っただけかもしれない。もちろん新型コロナウイルスが落ち着く、という前提がありきですけれど、海外の人、特に中国やアジアの方々に来てもらうというのが大事。異文化交流して“関係人口”を増やすべきではないかと思うんです。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 6杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 6杯目』

【原田】関係人口とは“定住人口”でも観光に来た“交流人口”でもなく、地域の人々と関わりを持つ人たちという意味ですね。

【大﨑】フランス、あるいは中国の家族が米子に2泊3日で来て、おじいちゃん、おばあちゃんの農家に泊めてもらって、稲の収穫を手伝ってもらう。おばあちゃんが普段作っているご飯を一緒に食べて、お布団で寝る。観光名所を巡るのもいいんでしょうけれど、体験型で地元の人と知り合う方が面白い。そこで出会った人が優しければ、その土地が好きになる。その土地の中心には、この素晴らしい病院がある。人と人がつながる社会の中心に病院があるというのは理想的ですよね。

【原田】そこまで言っていただき光栄です。今後とも、とりだい病院を宜しくお願いします!

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大﨑 洋(おおさき・ひろし)
吉本興業会長
1953年大阪府出身。関西大学社会学部卒業。1978年吉本興業入社。多くのタレントのマネージャーを担当した後、音楽・出版事業、スポーツマネジメント事業、デジタルコンテンツ事業、映画事業などの新規事業を立ち上げる。2009年、代表取締役社長、2018年、共同代表取締役社長CEO、2019年、代表取締役会長に就任。

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原田 省(はらだ・たすく)
鳥取大学医学部附属病院長
1958年兵庫県出身。鳥取大学医学部卒業、同学部産科婦人科学教室入局。英国リーズ大学、大阪大学医学部第三内科留学。2008年産科婦人科教授。2012年副病院長。2017年鳥取大学副学長および医学部附属病院長に就任。地域とつながるトップブランド病院を目指し、診療体制の充実と人材育成に力を入れている。また、職員一人ひとりが能力を発揮できるような職場環境づくりに積極的に取り組んでいる。好きな言葉は“意志あるところに道は開ける”。

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(吉本興業会長 大﨑 洋、鳥取大学医学部附属病院長 原田 省)

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