「プーチンは習近平のポチである」日本人が知らない"中華秩序"に属するロシアの実態
プレジデントオンライン / 2022年3月15日 17時15分
※本稿は、グレンコ・アンドリー『プーチン幻想』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■多くの日本人が中ロの関係を理解していなかった
プーチンのロシアは中国と親密な関係を持っている。
それにもかかわらず、日本においては、ロシアを対中国包囲網に引き込むことができると考えている人が多い(さすがに今は変わったかもしれないが)。
彼らはおおよそ、以下のように主張している。
1、「ロシアはたしかに今のところ中国と密接な関係にあるが、プーチンは仕方なく中国に友好的な振る舞いをせざるをえないのであって、中国依存から脱却する方法を探している。だから日本がいい話を持ち掛ければ、それに乗る可能性がある」
2、「日本一国だけでロシアを引き込むのは無理であっても、日米ならできるはずだ。米中新冷戦のなかでトランプはロシアと友好的な関係を築き、日米側に引き込むのが狙いだ。だからアメリカの大統領と日本の首相が共に協力すれば、プーチンを説得できる」
さらに、先述の二つとは多少違う話もある。すなわち、
3、「プーチンを日本の味方にすることは無理だろう。しかし、敵に回さないことぐらいはできる。ロシアと平和条約を結んで経済的に援助すれば、ロシアは中国の対日侵略には付き合わないはずだ。日本がつねにロシアを経済的に援助すれば、ロシアは金の卵を産む鶏を自分の手で殺さないだろう。日本を助けることもないが、中国と共同で日本を侵略するようなこともしない、という可能性はある。中ロを共に同時に相手にするよりは、中国のみと対立したほうがマシだ」
たしかに3つ目の話は、最初の2つと比べたら理屈としてはまだマシである。だが、この考えを持っている人も中ロ関係の本質を理解していない。本稿においては、なぜプーチンのロシアは中国と距離を置き、欧米陣営に「鞍替え」することができないのか、解説したい。
■プーチンの後ろ盾は中国
中国はロシアの第一の貿易相手であり、資金調達の源である。中国と距離を置くことは、中国市場で今までどおり儲けられなくなることを意味する。また、すでにかなりの数の中国人がロシアに移住しており、中国企業がロシアの土地を大量に借りている。
つまり人民の保護、投資保護を口実に、中国はロシア領の一部を制圧する可能性がある。装備では劣らないが、数では優っている中国軍を敵に回すことが、ロシアには怖くてできない。
しかし、本当に大事なのは前述した理由ではない。ポイントは、仮にプーチンが物理的に中国から離脱できたとしても、彼は絶対にそうしない、ということだ。
最大の理由は地政学である。
プーチンはアメリカを始めとする西洋を「敵」と認識している。西洋に対する謀略や他の敵対行為は、その敵対意識をよく表している。さらに言えば、プーチンは中国というバックがあるからこそ、西洋に対して強く出られるのだ。
同時に、その逆もある。
つまり欧米と対立しようとしているから、中国に逆らうことができない。今のロシアの国力では、欧米と中国を同時に相手にすれば100パーセント潰される。したがって、必ずどちらかの陣営には付かなければならない。
■中国とロシアは運命共同体
そして、中国もロシアを必要としている。
米中一対一の対立であれば、中国は間違いなく負けるが、ロシアの力が加わったら、辛うじて対等に近い。だから中ロは互いを必要としており、相手が潰れたら困るのだ。ロシアは中国が潰れたら困る。単独では西洋と対立できないからだ。同じく中国もロシアが潰れたら困る。単独ではアメリカと対立する力が足りないからである。
中ロは互いが潰れないように支え合っている。だから日本であろうが、アメリカであろうが、中国包囲網や中国抑止の話をプーチンに持ち掛けたところで、プーチンは絶対に乗らないのだ。中国が潰れることでいちばん困るのはプーチン本人である。中国共産党体制の滅亡は、必然的にプーチン体制の滅亡を意味しているからだ。
■中国にとってプーチンは安心安全な指導者
両国の国力を総合的に見れば、中国はロシアよりもかなり強い。ロシアは中国に依存しており、中国はかなりの程度ロシア国内に進出している。普通に考えれば、ロシアにとって恐るべき状態である。にもかかわらずなぜ、プーチンは安心して中国共産党に身を委ねるのか。
疑問に思うであろうが、答えは簡単である。
それはロシアが中華秩序の一部であるかぎり、プーチン体制は安泰だからである。少なくとも、中国の手でプーチン体制が倒されることは100パーセントありえない。中国からすれば、プーチン体制が続く限り、ロシアは中華秩序の一部であり続ける。
しかしプーチン体制が覆ったら、次の指導者は中国からの離脱を図ろうとするかもしれない。それは中国にとって厄介なことである。だから欧米陣営に寝返る恐れのないプーチンは、中国にとって安心・安全で最高なロシアの指導者なのである。
中国のほうもロシアを潰すつもりはないし、領土を併合するつもりもない。理由は先述したアメリカとの対立において、ロシアの国力が必要だからである。しかも今の中国は、ロシアの国力を利用できる状態にある。親中プーチン政権が習近平の言うことを絶対に聞くからである。
■中国にとってロシア侵攻のメリットは少ない
仮に、中国がロシアの広大な領土を併合すると決めたとしよう。その場合は軍事力を総動員して、ロシア極東やシベリアの地域を制圧しなければならない。もしくは中国人を戦略的に、大量にロシア国内に入れ、その地域に「北中華」などの名前をつけて、ロシアからの独立を宣言させる。あるいは土地の買い占めなど似たような方法でロシアの領土を制圧する。
中ロの国力の差を考えれば、不可能な話ではない。しかし、中国はそれを実行しないだろう。もし実際にロシア領土を併合したら、どうなるか。当然、残ったロシア人は中国の敵になり、全員が中国を憎むようになる。そして、米中対立において中国は不利になる。
たしかにロシアのシベリアや極東を制圧できたら、中国は膨大な領土や資源を手に入れて、さらに巨大な国家になれる。しかし、それで中華陣営全体が強くなるかといえば、ならないのだ。ロシアの東半分を制圧した場合、中国の国力はどれほど上がるのか。正確な計算は難しいが、今のロシアの国力の2、3割が中国の国力にプラスされる、といった程度だろう。
しかも残った半分のロシアは敵になる、というマイナスも生じる。中国にとってそれでは足りない。習近平はロシアの国力を100パーセント自分のものにしたい。というか、ほぼ手中にしている。ロシアはすでに中国陣営の一員だからだ。したがってロシアの国力のたかが2、3割を呑み込むために、ロシアを丸ごと利用できる現状をわざわざ潰すわけがない。
中国にとって、地球儀でシベリアと極東がどの色に塗られているかなど二の次の話なのである。重要なのは、その膨大な領土が中華陣営の勢力圏にある、ということなのだ。中国にとっては、「ロシア連邦」という形をそのまま残し、友好を謳いながら段々ロシアを中国化することが最善の方法である。
■両国を引き離す唯一の可能性は「ロシア民主派」
では、ロシアが中国から離れることはいかなる状況であってもありえないのか。じつはそうとも限らない。可能性は非常に低いが、ロシアが中国から離脱する可能性は一つだけある。
それは、ロシア国内で革命的な変化が起き、親欧米派、民主派が政権を取ることである。ロシア民主派のリーダーだったネムツォフはすでに「プーチン政権は親中政権である」と警鐘を鳴らしている。
ロシア民主派の人びとであれば、ロシアの立ち位置は欧米陣営、自由民主主義陣営であるべきだと考えている。彼らは西洋の基本的な価値観を共有しており、中国共産党のやり方を受け入れないだろう。したがって、中華秩序からの離脱を実行しようとするはずだ。
■ロシア民主派の支持率は5%と極めて低い
しかし、ロシアにおいて民主派が政権を取る可能性は非常に低い。プーチンが築き上げた現在の独裁体制において、彼らの居場所は全くない。また徹底的なテレビ・プロパガンダによって、ロシアの民主派には完全に売国奴、西洋の手先というレッテルが付いている。
今のロシアにおいて民主派の支持率は1割にも満たず、せいぜい5パーセント程度である。ロシアで教養が最も高いモスクワ市内であっても、民主派の支持率は20パーセント程度で留まっている。この状態では、プーチンの代わりに政権を取ることはできない。
ロシアにおいて民主派が支持を得るのは、一般人の意識がひっくり返るような天変地異が起きないかぎり不可能である。しかし天変地異が内発的に起こることはありえず、外からの力でプーチン体制を崩壊に追い込まなければならない。したがって少しでも中国からロシアを離脱させるような手法で、中国追従のプーチン体制を崩壊に近付ける必要がある。
以上のように、日米がどんなに頑張っても、プーチンを中国から離れさせることはできない。プーチンは、自分がアメリカと喧嘩しているようなポーズを見せられるなら、いくらでも習近平に頭を下げるだろう。彼にとってはアメリカと対等に対立している(ように見える)状態が、喜びや満足感を与えるからだ。この理想的な状態を自分から変える必要はない。
価値観の面においても、プーチンのKGBの価値観は中国共産党の価値観と共通している。プーチンが西洋の首脳と分かり合うのは不可能であるが、中国共産党の幹部とは十分に分かり合える。日本人は「プーチンは反中である」という何の根拠もない幻想は捨て、中華秩序の一員であるプーチンのロシアと現実的にどう接するべきかを、しっかり考える必要がある。
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1987年、ウクライナ・キエフ生まれ。2010年から11年まで早稲田大学で語学留学。同年、日本語能力検定試験1級合格。12年、キエフ国立大学日本語専攻卒業。13年、京都大学へ留学。19年3月、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門優秀賞(2016年)。ウクライナ情勢、世界情勢について講演・執筆活動を行なっている。『プーチン幻想 「ロシアの正体」と日本の危機』がデビュー作となる。
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(国際政治学者 グレンコ・アンドリー)
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