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同じ皇室でも思想や行動がまったく違う…天皇家と秋篠宮家の"兄弟確執"が解消されない根本原因

プレジデントオンライン / 2023年1月11日 17時15分

新年一般参賀であいさつされる天皇陛下=2023年1月2日午前、皇居 - 写真=時事通信フォト

■“冷戦”状態のきっかけは「人格否定発言」

このままでは「令和の壬申の乱」が起きるかもしれない。

イギリスのチャールズ国王の次男・ヘンリー王子が自伝『スペア』の中で、妻のメーガン妃に対して批判的な物言いをした兄のウィリアム皇太子と口論になり、兄がヘンリー王子の襟首をつかんで床に叩きつけたと主張しているという。

兄弟は他人の始まりというが、振り返って、この国の兄・天皇と弟・秋篠宮の関係も長年、“冷戦”といってもいいような状態が続いているのではないかと思い至った。

壬申の乱は、672年、兄・天智天皇の後継を望んでいた同母弟・大海人皇子が、天智天皇崩御後、子どもの大友皇子が弘文天皇に即位したことを恨み、兵を挙げ、自害に追い込んだといわれる内乱である。

時代背景も人心も違う現代で、このようなことは起こりえないだろうが、似たような構図が天皇と秋篠宮にあることは否定できないのではないか。

天皇家と秋篠宮家との関係を年代順に見てみたい。

萌芽は2004年だった。皇太子(当時)が会見で、「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあった」と発言した。「浩宮の乱」とまでいわれて騒ぎになった。

■「壬申の乱の勃発を招きかねません」

秋篠宮はそのことについて、「記者会見という場で発言する前に、せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったかと思っております」と苦言を呈した。

秋篠宮のいい分に利ありとメディアは挙(こぞ)って秋篠宮贔屓になり、雅子妃へのバッシングをさらに強めていった。

当時の首相だった小泉純一郎氏は、皇室に皇太子の次の後継男子がいないことを憂えて、2006年1月に「有識者会議の報告に沿って皇室典範の改正案を提出する」と宣言し、女性・女系天皇を認める方針を打ち出した。

だが、その直後の2月7日、NHKが「紀子さまご懐妊の兆候」というスクープを報じた。

当時官房長官だった安倍晋三氏は、「神風が吹いた」と話したという。秋篠宮家に男の子が生まれるかもしれないのだ。

皇嗣典範改正の見送りに逡巡していた小泉首相に安倍氏は、「お子さまが男子の場合、皇室典範改正は正当な皇位継承者から継承権を奪うことになります」。さらに、そんなことをしたら「壬申の乱の勃発を招きかねません」と助言していたと、元NHK記者で、安倍氏と最も親しかったといわれていた岩田明子氏が文藝春秋(2022年12月号)に書いている。

そして、2006年9月6日、秋篠宮家に長男が誕生したのだ。

眞子さん、佳子さん、次代の天皇である長男・悠仁さんに囲まれた秋篠宮夫妻は幸せな家族の象徴となった。

だが、美智子皇后(当時)はそんな息子たちを見ながら、一人心を痛めていたという。

■紀子さまに「順序が違うのではありませんか」

週刊新潮(2012年5月24日号)は、両家の妃殿下のこんなエピソードを報じている。

天皇陛下(当時)が心臓のバイパス手術を受けるために東大病院のICU(集中治療室)に入っていたときのことだという。

「実は、手術が終わったのち、真っ先に紀子妃殿下から病院関係者に『お見舞いに伺いたい』との打診があったのです。それを受け、医師団と侍従職が折衝し、一旦は手筈が整っていました。ところが、そうした動きをお知りになった雅子妃殿下(当時=筆者注)のご意向が、直前になって伝わってきたのです。それは、『順序が違うのではありませんか』という、強いご不快のお言葉でした」(さる秋篠宮家関係者)

これにより紀子さんのお見舞いは叶わなくなったという。

「紀子妃殿下には『東宮家を押しのけて』などというお考えは毛頭なく、純粋に陛下の御身を案じてのことだったため、ひどく気落ちなさっていました」(同)

この一件は美智子皇后の耳にも入っていて、心を痛めた皇后は、これ以上波風が立たないよう、「それならば皇太子と秋篠宮が2人で来ればよろしい」と、事態を収拾したという。

前年の秋から、両家の間ではギクシャクした雰囲気が漂っていたという。

■メディアの「雅子妃バッシング」も燃えさかり…

「まず10月下旬、皇后さまのお誕生日の夕食会において、皇太子ご夫妻が途中退席されるという出来事がありました。また11月に入って悠仁さまの七五三にあたる『着袴の儀』が執り行われますが、お祝いの宴も皇太子ご夫妻は欠席されています」(宮内庁担当記者)

元々皇太子一家は葉山で静養する予定が入っていて、出席するつもりはなかったというのである。

また、同じころ、天皇が気管支肺炎で入院したが、見舞いは秋篠宮夫妻が最初で、皇太子は兄妹の中で最後になった。雅子妃は発熱のために行かれず、見舞いに行ったのは天皇が退院後、3週間以上も後だったと報じている。

「両妃殿下が確執の只中にある現状は、むろん皇室にとって由々しき事態である」(新潮)

この当時は、適応障害でなかなか公務にも出られない雅子妃に対して、メディアが厳しい批判を繰り返していた。

公務には出ないのに、娘の愛子さんの修学旅行に付き添って高級ホテルに泊まったではないか。実家に何度も里帰りしているのはおかしいなど、雅子妃バッシングが燃えさかっていた。

2008年2月には、羽毛田信吾宮内庁長官(当時)が、公式の定例記者会見で、「愛子さまが両陛下を訪問なさる回数が少ない」と発言することもあったのである。

当時、秋篠宮に皇太子の位を譲るべきだという「廃太子論」までが雑誌に載ったこともあった。そのために美智子皇后は一計を案じたと、女性自身(2019年4月30日号)が報じている。

■「“兄弟確執”を不安に思われていたのでしょう」

美智子皇后は、毎月1回、天皇、皇太子、秋篠宮の「三者会談」を開くよう提案したというのだ。

始まったのは、先に書いた、天皇の病気見舞いで、雅子妃と紀子妃の関係が微妙だといわれていた2012年の春ごろからだったそうだ。

「陛下が象徴天皇としての体験や考えを、皇位の継承に連なる2人のお子さまにお伝えになり、率直な意見が交わされてきました。会談後は昼食会が開かれ、そこには美智子さまも参加されるのが恒例となったのです。

何度もお会いになって議論を重ね、天皇陛下の思いが皇太子さまと秋篠宮さまにも共有されました。陛下が’16年8月8日にご退位のお気持ちを表明すると決断された陰にも、この重要な会談があったといえます」(皇室ジャーナリスト)

その「三者会談」も、天皇が退位する2019年の4月24日が最後になったという。

その後は、親子で皇室を支えていくという構図から、兄弟が支え合っていくという形になった。

秋篠宮は皇嗣になり、皇位継承順位2位の長男の悠仁さんもいるから、「“将来の天皇”である悠仁さまが成長されるにつれ、その父である秋篠宮さまの存在感が大きくなっていくことも予想されます。

真面目で慎重な皇太子さまと、活発で率直な秋篠宮さま――。ご兄弟の正反対な性格を誰よりもご存じの“母”美智子さまだからこそ今後の“兄弟確執”を不安に思われていたのでしょう」(同)

母・美智子皇后の不安は、逆な形で現実のものとなっていったのである。

皇居正門前に架かる二重橋
写真=iStock.com/BrendanHunter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrendanHunter

■流れが変わった「眞子さんの結婚問題」

流れが変わったのは、長女眞子さんと小室圭さんとの婚約が延期になった2018年あたりからではないか。

この結婚について国民の間で賛否が渦巻く中、4年近く、秋篠宮はこの結婚問題に優柔不断な態度をとり続けてきた。妻である紀子さんの従業員に対する厳しい態度を、「ご難場」として週刊誌が何度も取り上げた。

天皇の退位が決まり、即位のための大嘗祭が行われることになると、秋篠宮は誕生日会見で、「(大嘗祭は)宗教色が強いもので、国費で賄うことが適当かどうか」と述べ、天皇の私的生活費にあたる「内廷費」から支出されるべきだという考えを示した。

秋篠宮は、「身の丈に合った儀式にすれば、皇室の行事として本来の姿ではないか」と、大嘗祭をより簡素なものにすべきだとも述べた。

大嘗祭は明治以降に肥大化してきたため、「無駄遣い」を改める意だったのだろうが、兄の門出に水を差したという批判もあった。

さらに秋篠宮は、「兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからはできないです」と、自らは天皇にはならないという意志を明確にしたような発言をした。

秋篠宮がそれ以上言及していないので真意は分からないが、この発言をめぐって物議を醸した。

■対照的に注目度が高まる愛子さま

長女眞子さんが小室圭さんと結婚してニューヨークへ旅立つと、2人に向かっていた週刊誌のバッシング報道が、秋篠宮家に向かった。

2021年、福岡県北九州市主催の「第12回子どもノンフィクション文学賞」で佳作に選ばれた悠仁さんの作文に、盗作疑惑があると報じられた。

秋篠宮紀子さんは長男を初の東大卒の天皇にしたくて、筑波大学附属高校にコネ入学させたのではないか。入学したはいいが、授業に付いていくのが精いっぱいなのではないか。“悪意”があるのではないかと思わざるを得ない噂話が次々に報じられた。

そんな中、愛子さんが成人して会見に臨んだ。それを見た安倍元首相が、こんな感想を漏らしていたという。

「愛子さまの素晴らしいご成長ぶりには、驚いた。とても喜ばしいことだ。会見の最中、原稿に一度も目を落とすことなく話されていたのも印象的だったね。(中略)冗談も軽やかに交えながら、ご自分の言葉で話されていた。本当にご立派だと思った」(文藝春秋2022年12月号)

■安倍氏は「愛子天皇」を認めていた

長年、安倍氏は「男系男子」の皇位継承に強いこだわりを持つといわれてきた。だが岩田氏は、

「安倍を取材してきた中で、その時々の安倍の言葉から見えてくる皇室像は『男系男子』以外を完全に否定するものでもなかったと感じている。

『安倍内閣の体力があるうちに、有識者会議を立ち上げる。そして将来、愛子天皇誕生への道筋に向けても責任ある議論を進めなければならない』

ここ数年の間に、安倍が何度かそう口にするのを私は聞いている。

従来のイメージを覆すような、解釈の難しい発言ではあるが、安倍は、あくまでも秋篠宮や悠仁さまへの皇位継承を前提としたうえで、さらに皇統の存続を確かなものにすることが、重要であるとの立場だった。つまり非常に『現実的な』見方をしていたのだ」(同)

昨年、雅子皇后は英エリザベス女王の葬儀に参列し、秋から公務にも出るようになった。週刊新潮(12月29日号)は、雅子皇后は「ウィズ適応障害」で生きていく覚悟を決めたのではないかと報じた。

学力的には東大に入るレベルにあるといわれた愛子さんは、学習院大学に入学した。

これまでも、秋篠宮家の悠仁さんに対する帝王教育は大丈夫なのかという報道が多く見られた。だが、秋篠宮はそれに対して明確な答えをしてはいない。

こうして見てくると、天皇家と秋篠宮家は、ある時期から皇室という枠の中ではあるが、かなり違う道を歩み始めているように思う。

兄は兄、私は私という考え方が、両者納得の上ならいいが、これまでの報道を見る限り、そうではないと思わざるをえない。

■皇室典範が改正されたら、秋篠宮家はどうするのか

私は愛子天皇待望論者である。可能性はあると思っている。先のように、安倍元首相は愛子天皇を選択肢として考えていたようだ。

岸田文雄首相は何を考えているのか分からないが、このところの反撃能力容認、防衛費のGDP比2%増など、安倍元首相がやり残した路線を闇雲に突っ走っているように見える。

だとすれば、皇室典範を改正して女性天皇を容認することもあり得るのではないか。

そうなった時、秋篠宮はどう感じ、どう動くのだろう。紀子さんは天皇の母「皇太后」になることを心待ちにしているといわれる。

だが、仮に今上天皇が上皇と同じ年で退位したとして、その後を愛子さんが継いだとすれば、悠仁さんが天皇に即位するのは50代以降ということになるのではないか。

卑近な例で申し訳ないが、世襲企業がダメになる理由の多くは、跡目争いからである。

■兄弟が胸襟を開いて話し合うことが必要だ

高貴な生まれの方たちだから、そのようなことはないと思う。だが、小さな火種だが、このままにしておいては、安倍元首相がいったような“困った事態”になるかもしれない。

そのためには、天皇と秋篠宮が何度も会い、胸襟を開いて話し合うことが必要なこというまでもない。

今年、3年ぶりに行われた一般参賀に、愛子さんが初めて出席した。最初はやや緊張気味だったようだが、その初々しい姿が参列した人たちに「かわいい」と、好感をもたれたようだ。

一般参賀で日章旗を振る人々
写真=iStock.com/Tom-Kichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tom-Kichi

これからは「皇室の顔」になる愛子さんを、このままどっちつかずの状態のままにしておいていいはずはない。愛子天皇実現には、表立ってはできないが、内々、秋篠宮の同意も必須であるはずだ。

子どもの頃、仲のいい兄弟だった2人だから、できないはずはない。2人が談笑している姿を、多くの国民も見たいと思っているのは間違いないのだから。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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