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なぜ28万人がガーシーに投票したのか…「暴露系YouTuber」があっという間に国会議員になれた本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年3月14日 18時15分

NHK党の参院選の開票記者会見で、オンラインで登場した東谷義和氏=2022年7月10日夜、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

3月14日の参院懲罰委員会でガーシー参院議員の懲罰案が採決された。15日の参院本会議で正式に「除名」が決まる。国会法に基づく最も重い懲罰で、国会議員が「除名」で身分を失うのは72年ぶりとなる。政治ジャーナリストの鮫島浩さんは「そもそもガーシー氏が28万票あまりを獲得できた理由を考える必要がある」という――。

■獲得票数は中条きよしや水道橋博士よりはるかに多かった

国会に一度も出席しないガーシー参院議員が除名されることになった。

戦後憲法の下で除名された国会議員は戦後混乱期の2人しかいない。予算案に反対討論をしながら採決で賛成に転じた小川友三参院議員(1950年)と、単独講和に反対する代表質問への懲罰として「陳謝」を要求され拒んだ川上貫一衆院議員(1951年)。議論百出の当時の国会の熱気が伝わってくる史実である。

70余年の時が流れ、著名人のプライベートをさらす暴露系ユーチューバーとして知られるガーシー氏の名がそこへ加わることになった。この間の国会史で汚職を犯した者や虚偽答弁を重ねた者は数知れないが、上記2人以降、除名という形で国会議員の地位を剝奪された者は誰ひとりいなかったのだ。

主権者たる国民の代表である国会議員の地位は重い。これは「話題のニュース」で片付けてはいけない問題である。

ガーシー氏は昨年夏の参院選比例代表でNHK党(「政治家女子48党」に党名変更)から出馬。中東ドバイに滞在しながら「帰国せず、国会に登院せず、海外からスキャンダルを暴く」ことを公約に掲げ、28万7714票を獲得し当選した。

芸能界から同じ参院選比例代表に出馬した歌手の中条きよし氏(日本維新の会、4万7420票)やお笑い芸人の水道橋博士氏(れいわ新選組、11万7794票)をはるかに上回る得票である。

■暴露系ユーチューバーに期待するしかなかった有権者

自民党は首相や閣僚のヨイショを重ね、立憲民主党は政権批判に及び腰。その結果、支持率低迷の岸田内閣は延命している。

旧統一教会問題では被害者弁護団が骨抜きと酷評する被害者救済法が与野党の9割以上の賛成で成立した。国民世論と乖離(かいり)した二大政党政治の談合体質は極まるばかりだ。

テレビには本会議場で居眠りする国会議員の姿が映し出される。中条氏が昨年末の国会質問で自らの新曲とディナーショーをPRしたことは、国会議員という地位の私物化を象徴する光景であった。

国会議員には2000万円を超える歳費に加え、文書交通通信滞在費や立法事務費、秘書給与などを合わせて1人あたり6000万~7000万円の税金が投じられているとされる。彼らは与野党問わず、それに見合う仕事をしているのか――。

国会不信が渦巻くなか、暴露系ユーチューバーに「国会議員を片っ端から成敗してほしい」という期待が集まったのは無理もない。

国会界隈の密室でなれ合い、登院しても何をしているかわからない有象無象の国会議員たちよりも、海外に身を置いてしがらみのない立場から国会議員のスキャンダルを暴くほうが世の中の役に立つという思考回路は、それなりに理にかなっている。ガーシー氏の言動は毀誉褒貶(きよほうへん)が激しいにせよ、彼が獲得した約28万票を単なる「ひやかし」「面白半分」と切って捨てることはできない。

公約通りに国会を堂々と欠席し続けるガーシー氏に対して、自民、公明、立憲民主、維新、国民民主、共産の主要政党は足並みをそろえて「議場での陳謝」を求める懲罰を決定。それでも帰国に応じなかったことを受けて「除名」に踏み切る方針だ。

70余年ぶりの除名をどう受け止めたら良いのか。ガーシー氏の言動への評価と国会の対応を分けて考えてみたい。

曇天の国会議事堂
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou

■旧態依然たる既成政党への批判票

コロナ禍でリモート勤務が日常になった今、「登院しなくても国会議員としての仕事は果たせる」という主張が出てくるのは十分に予期できた。「勤務形態より勤務実態」を重視するのは自然な流れだろう。

ゼレンスキー・ウクライナ大統領のオンライン国会演説が日本の防衛政策の方向性を大きく変え、れいわ新選組の舩後靖彦参院議員がパソコンの音声で代表質問を行い、天畠大輔参院議員が「あかさたな話法」で代読者を通じて質問する姿を目の当たりにして、「従来の対面形式に限らず多様な審議の形があっていい」「リアル審議に限定するほうが国会の機能を狭める」という声が出てくるのは、むしろ健全といっていい。

国会のしきたりよりも「海外からスキャンダルを暴く」という過激で斬新な国会議員像に共感する有権者が一定数いたことも驚くに値しない。ガーシー氏は有権者が違和感を抱く「国会の歪み」につけ込んで支持を獲得した。

中身や程度の差こそあれ、国会改革の遅れを可視化する手法は「身を切る改革」を掲げる維新や「重度障害者ら当事者を国会へ」と訴えるれいわなど新興勢力が採用してきたものだ。既存政党は、旧態依然たる自分たちへの批判票がガーシー氏を参院議員に押し上げたという現実を率直に受け止めなければならない。

■「海外からスキャンダルを暴く」と公約したものの…

ガーシー氏の第一の失敗は、「海外からスキャンダルを暴く」という公約を掲げたこと自体ではなく、当選から半年余の間に公約の成果を目にみえる形で示せなかったことにあると私は思う。

立花孝志党首はガーシー氏について「国会議員の不正、経済界の不祥事を暴いていくのが仕事」と説明してきたが、当選後に投稿したのは自民党の国会議員2人の女性問題などにとどまり、政権を揺るがすスキャンダルにはつながらなかった。

大風呂敷を広げた割に大したことはなく、この程度で国会を堂々と欠席しながら高額の歳費を手にするのは許されるのかという「期待ハズレ」感が広がり、既存政党から逆襲される隙をつくったのだ。

仮にガーシー氏が国政を揺るがすスキャンダルをドバイ発で次々に暴いていたら与野党は「言論弾圧」との批判を恐れて手出しできなかっただろう。

これまで週刊文春に吸い上げられてきた政界スキャンダル情報がガーシー氏の元へ殺到し、新たな追及システムが出来上がった可能性もある。野党やマスコミのふがいない権力追及よりもよほど迫力があったかもしれない。

■結局、期待ハズレ

もちろん「たった半年」で成果を上げることを期待するのは酷だ。私も朝日新聞特別報道部で調査報道を手掛けたが、スキャンダル追及には膨大な時間とコストがかかり、多くは記事化に至らない。

暴露系ユーチューバーと違って参議院議員の立場で暴く以上、これまでとは比較にならない正確性が求められる。公約実現はそう簡単ではないのは最初からわかっていたことだった。

それでもガーシー氏は公約実現を徹底追求し、一歩も引かない姿勢を貫くべきだった。任期6年のなかで公約を果たさなければ次の選挙で有権者から見放されるのが議会制民主主義のあるべき姿だ。

ガーシー氏が与野党やマスコミの批判を跳ね返して「議員生命をかけて国会議員のスキャンダルを暴く」という強い姿勢を維持していれば、与野党も「除名」に二の足を踏んだのではないか。

第二の失敗は、与野党が恐る恐る投げた「陳謝」というボールに飛びついたことである。

与野党がいきなり除名に踏み切らなかったのは「少数者弾圧」への批判を警戒したからだ。そこで揺さぶりをかけた。ガーシー氏は名誉毀損(きそん)で逮捕されることを回避するため帰国しないと見越し、第一弾は「議場での陳謝」にとどめ、応じないことを受けて「除名」に踏み切るという二段階の手順を踏んだのである。老獪な政治的駆け引きといっていい。

日本の国会議事堂中央ホールの天井。憲法制定70周年の衆議院開会式で撮影
日本の国会議事堂中央ホールの天井。憲法制定70周年の衆議院開会式で撮影(写真=チョウゲンボウ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■立花氏にとってガーシー氏はもはや用済み

ガーシー氏はそのレールに乗ってしまった。帰国しない代わりに、髪を黒く染め直し、歳費の返上を申し出て、国会から届いた陳謝文をそのまま読み上げる動画を送った。いわば国会に「恭順の意」を示して除名を免れようとしたのだ。

これは政治闘争として未熟だった。ガーシー氏に投票した約28万人は国会をすべて敵に回してもスキャンダルを暴く姿を期待したのに、倒すべき相手に頭を下げて裏切ってしまったのだ。ガーシー氏への期待感を萎ませて政治的影響力をそぐことに与野党の狙いはあったのだろう。

政治闘争に徹するならば、ガーシー氏は「除名」覚悟で「陳謝」の要求をはねのけ、支持者の期待をさらに引き寄せるべきだった。そうすれば与野党にも「本当に除名してよいのか」と慎重論が芽生え、相手を分断できたかもしれなかった。

ガーシー氏はさらに打つ手を間違える。いったん帰国すると約束したのに巨大地震の被災地を視察すると言ってトルコへ飛び、結局は約束を反故にして帰国しなかった。「除名」に踏み切る大義名分を与野党に与えてしまったのだ。

前言を二転三転させる姿勢は「海外からスキャンダルを暴く」という政治信条への信頼を根底から揺るがし、「そもそも売名の出馬だったのでは?」との疑念を膨らませ、ガーシー擁護論は急速に萎んだ。ガーシー氏はSNSなどで「(立花党首から)帰国しないでいいと言われた」と主張しているが、立花党首とすればガーシー氏はもはや用済みだろう。彼の政治的挑戦はあっけなく幕引きした。政治敗戦である。

Instagramに投稿された陳謝動画。ガーシーチャンネル(東谷義和)より。

■「除名」には慎重な議論が必要だ

ガーシー氏が稚拙な政治闘争の結果責任を負うのは当然だ。だが国会議員が除名されるという厳然たる事実は、彼個人の資質とは切り離して慎重に是非を見極める必要がある。

岸田内閣の支持率が低迷しても野党への期待感は高まらず、維新や国民民主が与党に接近し、立憲民主もその背中を追う今の国会。大政翼賛体制・全体主義の足音が迫るなかでガーシー問題は勃発した。国会の9割を超える自民、公明、立憲、維新、国民に加え、共産まで同調して「議場での陳謝」の決定は下った。

主要政党が結託して少数者を国会から弾き出す事実は重い。戦前の全体主義は反戦論を蹴散らし、この国を破滅へ導いた。

この懸念を明確に主張しているのはれいわ新選組だけである。「今回のことをきっかけに近い将来、国会の大きな政党間の恣意(しい)的な運用で、気に入らない議員や党を処分、排除など行える入り口となることを危惧する」との声明を発表し、「議場での陳謝」の採決を棄権した。

最も問われるべきは、自民党と手を結んで懲罰を主導した野党第1党の立憲の姿勢であろう。二大政党が結託すると国会は一挙に少数者排除の空気に覆われる。野党第1党が政権与党に同調する場合は、より一層の慎重を期さなければならないはずだ。

■懲罰を主導した野党第1党の体たらく

ところが民主党政権の崩壊後、この国の野党第1党は国政選挙で8連敗して「負け癖」が染み込み、政権与党にすり寄るようになった。立憲の泉健太代表は「批判ばかり」と批判されるのを恐れて「提案型野党」を掲げ、「次の選挙」での政権交代は難しいと公言している。

野田佳彦元首相は安倍国葬に参列したうえで国会追悼演説を担い、安倍元首相との接点を「売り」に復権をめざす姿勢がありありだ。政権与党と激しく対峙(たいじ)するよりも、一致できる接点を必死に探し求めて与野党連携の機運を醸成したい気分がこの党を覆っている。

立憲は共産やれいわとの野党共闘を見切って「自公の補完勢力」と揶揄(やゆ)してきた維新と手を結び、維新が防衛費増額や敵基地攻撃能力のある米国製ミサイル・トマホークの購入・配備に賛成するとそれに引きずられた。このままでは維新に同調して脱原発の旗も降ろしかねない。野党第1党の立憲と野党第2党の維新がそろって与党に接近し、少数政党を排除する全体主義の気配が高まっている。

共産も立憲にはしごを外されながら立憲との共闘維持に躍起だ。れいわの大石晃子衆院議員らが予算案採決で牛歩戦術をして厳重注意された際も、共産は立憲とともに賛成した。ガーシー問題でもれいわではなく立憲に同調し「議場での陳謝」に賛成した。軍国主義に反対する少数派として弾圧された共産党史に鑑みれば、もっと慎重に立ち回る局面ではなかったのか。

■ガーシー氏を排除しても政治不信は止められない

共産党がガーシー氏への懲罰に賛成した背景には、20年を超える志位和夫体制を批判して党首公選制を記者会見で訴えた党員を除名した問題が絡んでいると私はみている。

志位委員長ら執行部は「言論弾圧」という世論の批判に猛然と反発し、党内秩序を乱す行為への除名を正当化した。その立場と整合性をとるためには「ガーシー氏は院内秩序を乱した」という自民・立憲の主張に同調するほかなかったのかもしれない。

社民党の福島瑞穂党首は記者会見で「除名は国会議員にとって死刑判決。身分の喪失は慎重に議論すべきだ」と発言したものの、その後の東京新聞の取材には「参院は慎重に手続きを重ねた末に陳謝を求めた。だが、議員としての職責を果たしていない。除名も不可避だ」と明言した。社民は立憲と共同会派を組んでおり、立憲の方針に抗えない苦悩がにじんでいる。

確かにNHK党やガーシー氏の言動には「懲罰やむなし」と感じさせる身勝手さがつきまとう。しかし言論弾圧や少数者排除は大多数からみて「致し方ない」という案件から始まり、徐々に広がっていくのは歴史が示すところだ。だからこそ戦後憲法は「多数の民意」から「少数者の権利」を守る姿勢を明確に掲げている。

国会議員を除名するにはよほどの慎重さを要すると私は考えている。ガーシー氏の除名が、国会が与党一色に染まる全体主義の幕開けにならないことを祈りたい。

ガーシー氏を参議議員に押し上げた原動力は、行き場を失った既成政党への批判票、政治不信である。彼を国会から取り除いても保たれるのは与野党の現職議員が安穏と過ごす「国会の秩序」だけだ。除名が実現したとて、彼への期待を生んだ政治不信は解消されず、行き場を失った既成政党への批判票が更なる政治不信を生み出すだけだろう。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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