"日本パッシング"の今がチャンス…慶応大准教授が「いまこそ日本経済再生の時」と言い切る理由
プレジデントオンライン / 2023年3月23日 17時15分
■日本バッシングの歴史が復活のヒントになる
いっこうに上がらない賃金、成長の兆しが見えないGDP……、日本経済の先行きはいまだに希望が持てないままだ。だが、日本経済がこうした不調に陥った原因を振り返ってみれば、いまこそ再生の時かもしれない。
なぜなら、中国が経済的・政治的なパワーを増す中で、日本「パ」ッシング(日本への無関心)が生じていることが、日本にとってかつてない商機にもなりうるためだ。その背景には、これまで日本が受け続けてきた日本「バ」ッシング(日本叩き)の歴史がある。
ただし、今後の日本経済が自動的に復活するわけではない。日本が豊かさを再び取り戻すためには、①我々一人ひとりが取り組む「価値創造の民主化」、②政府にしか取り組めない「価値創造の国造り」、という二段階の意識変換が必要不可欠だ。
■ソ連に次ぐ仮想敵国と言われた時代があった
平成元年ごろまでの日本は、アメリカにとって、ソ連に次ぐ仮想敵国とさえ言われていた。もちろん、軍事的には戦後の日本はアメリカと同盟関係にある。だが、戦後の日本企業の大躍進による日米貿易摩擦は、日米「経済戦争」と表現されるまでに高まっていた。しかも、この経済戦争において日本はアメリカに圧勝した。戦後から2000年ごろまで、アメリカにとって最大の貿易赤字相手は日本であった。
こうした状況をアメリカが見過ごすはずはない。アメリカ主導の「国際協調」によって、日本の産業の競争力は何度も叩き潰されてきた。その代表的な例が、1985年のプラザ合意である。プラザ合意では、アメリカの呼びかけによって、イギリス、フランス、西ドイツ、日本は協調して円高・ドル安を目指すことに決まった。
円高・ドル安は日本で生産活動をおこなう企業にとって、(海外部品調達費等以外の)国際的な生産コストの増加を意味し、輸出が不利になる。それにより、当然ながら日本経済には打撃が見込まれる。しかし、日本政府は、アメリカ政府との関係改善や国際協調のために、喜んで円高・ドル安に協力した(岡本勉『1985年の無条件降伏』)。
■世界シェア7割の半導体も2割に減らされた
プラザ合意前に1ドル240円ほどだった円相場はわずか1年で1ドル150円を切った。これは、日本企業の製品・サービスが国際的に1.6倍の値段になったに等しい。日本経済はこの急激な円高に耐えられなくなり、日本政府はプラザ合意から1年半ほどで円安への国際協調を呼びかけた(ルーブル合意)。しかし、プラザ合意において日本が歩み寄った国際協調をあざ笑うかのように、ルーブル合意は無視された。
プラザ合意以外にも、日本の産業を直接潰しにかかった取り決めもあった。その一例が日米半導体協定である。
現在のアメリカ経済を支えるのは情報産業・コンピュータ産業であることは誰もが知るところだ。これらの産業に欠かせないのが半導体である。しかし、この半導体生産において、日本がかつて世界シェア7割を誇っていたことは忘れられつつある。日本の半導体産業は、日米半導体協定により世界シェアを2割まで削減するように一方的に求められ、そのシェアを奪って台頭してきたのが日本以外の東アジア諸国の半導体メーカーだった。
このように、日本の産業は全体として、また個別産業として、国際政治の中で何度も成長の芽を摘まれてきた。ただし、日本の経済成長が止まってしまったのには、日本自身の問題もあった。
■「ヒトではなくカネ」判断を誤った
経営学的にみた「平成を通じて日本の経済成長が停滞した理由」は、日本で働く人々が「ヒトではなくカネが大事」という雰囲気にのまれて経営の基本を捨てたことにある。
ここでいう経営の基本とは、「価値創造の源泉は人間であり、価値創造のための障害となる様々な対立を取り除くのが経営だ」というある種の信念のことを指す。この信念は、高度経済成長期からバブル崩壊までの日本において信じられていた。こうした信念が普及する土台もあった。それは、戦前戦後の10年間で起こったハイパーインフレである。
終戦時の前後5年の10年間で、日本の卸売物価は200倍ほどになり、それに合わせて賃金も同様に上昇したとされる(岡崎哲二『経済史から考える』)。たとえば、公益財団法人 連合総合生活開発研究所「日本の賃金:歴史と展望 調査報告書」によれば、この時期に賃金は約181.4倍に上昇した。
それに対して、株価や地価は、賃金ほどには上昇しなかった。たとえば、明治大学株価指数研究所「兜日本株価指数」を見ると、1940年から1950年までの10年間で日本企業の平均的な株価はせいぜい10倍程度の上昇にとどまる。また、日本銀行統計局編『明治以降本邦主要経済統計』収録の市街地価格指数では、商業地・住宅地・工業地の地価は1940年から1950年までの10年間でせいぜい数十倍から100倍の間の上昇にとどまっている。
■アメリカは“日本式経営”を見習っていた
すなわち、この時期において「ハイパーインフレに際して最も有効な資産は金融資産でも土地でもなく自分自身」という状況が生まれたといえる。ここに「カネではなくヒトが大事」という日本の経営思想の萌芽が見て取れる。ここに、戦前からの温情主義経営、戦時経済体制、共産主義の流行、レッドパージ等々の影響を受けて、企業を経営共同体として捉える日本的経営が誕生した。
過去の日本の経営思想(日本的経営、日本式経営)においては、価値創造の主役はカネではなくヒトだとされた。だからこそ、ヒトにとっての価値創造の障害を取り除くことこそが経営だという意識が浸透していた。経営者は、ヒトという貴重な資源を無駄にしないように、無駄な労力を使わせるだけの仕事を減らし、価値創造に集中できる状況を作り上げていったのである。
こうした日本の経営思想の優位性は、当時のアメリカのレーガン大統領にも認識され、日本の経営思想を取り入れたアメリカ企業を大統領が直々に表彰するマルコム・ボルドリッジ国家品質賞が創設されたほどだ。ちなみに、レーガン大統領はプラザ合意時の大統領、マルコム・ボルドリッジはレーガン大統領の右腕として円高・ドル安を強硬に主張した商務長官だ。
アメリカは片方でプラザ合意や様々な協定で日本企業の成長の芽を摘みつつ、片方で日本企業の強みを冷静に取り入れていたわけだ。
■カネでカネを生む「投資思考」を選んでしまった
その一方で、日本はプラザ合意後の円高・ドル安を是正できず、それどころかデフレで国際的に強くなった円で海外に投資したり、円高不況対策の金融緩和に乗じて国内の不動産や株や国債に投資したりした。すなわち、デフレによって、「カネよりもヒトが大事」な経営思想という競争力の源泉を捨て、働かずにカネでカネを生む「ヒトよりカネが大事」な投資思考を選んでしまった。
こうして日本は「投資をするだけで製品・サービスを作らない国」に向けてひた走った。だが、「ヒトよりカネが大事」ならば、それを管理するヒトはコストでしかない。日本の労働者は、価値創造の主役という立場から、投資に付随するただの管理コストという立場に追いやられてしまったのである。
この状況から脱するには、①我々一人ひとりが取り組める「価値創造の民主化」、②政府にしか取り組めない「価値創造の国造り」の2つが必要である。
■すべての人を「経営人材」に変える
日本に住むすべての人が豊かになるために、我々一人ひとりが取り組めることは、「カネよりもヒトが大事」という過去の日本経済を支えた経営思想の原点に戻ることだ。そのために、労働者から資本家・経営者まですべての人が名実ともに付加価値創造に貢献する「経営人材」としての意識と知識を共有する必要がある。
もし「すべての人が付加価値創造に貢献できる経営人材だ」という信念が日本中で共有されれば、すべての人が経営人材として尊重される結果として、給料は上がり無駄な労力を消費させる仕事は減るだろう。
ただし、すべての人が経営人材だという信念は、企業の成長に貢献するという実が伴っていなければ共有されえない。そのためには、意識改革と同時並行して日本中のすべての人に有効な経営教育が無償で行き渡る必要がある。
ここで、①経営教育により経営成果が得られやすくなる、②何事も他人の協力を得なければ実現できない、という当たり前の前提から、簡単な算数によって驚くべき結論が得られる。「経営成果は、経営教育が普及している人数乗で、向上していく」という結論だ(図表1)。
■「無駄な規制」「名ばかり管理」を排除する
実際に、過去の日本においても、製造業という限られた業界ではあったが、価値創造の民主化が信じられ、日本企業が世界一の経営成績を誇った時期があった。そこでは、QCサークル活動等を通して、中卒・高卒の作業員から大学院卒の技術者まですべての人が品質管理に必要な基礎的な統計学と経営の知識(QC七つ道具)を得ていた。
こうした過去の強みを、製造業を超えて発揮するには、QC七つ道具よりも普遍的な経営知識を普及させていき、実際に我々一人ひとりがそれを吸収していく必要がある。筆者も、微力ながら、そのための教材を著作権放棄・無償で提供している。
すべての人が価値創造の主役であり「カネよりヒトが大事だ」という信念が実をともなって広まれば、ヒトの労力を無駄に奪うだけの名ばかり管理は悪だと認識される。そうすれば、すべての人にとって仕事がもっと楽しいものに変わり、同時に生産性も向上するだろう。
もう一つ、政府にしかできない「価値創造の国造り」という取り組みもありえる。そのために、政府が率先して「日本で働くヒトこそが国の要であり、ヒトを締め付けるのではなく、反対にヒトにとっての価値創造の障害を取り除くことこそが産業政策だ」という価値観に転換する必要がある。
こうして、無駄な規制や名ばかり管理をなくし、代わりに良質な電力を安定供給し、製造部品のやり取りに必要な交通網を整備するなど、モノ(無形のサービス含む)を作りやすくする環境整備が必要だ。将来的には、価値創造を横取りするような税負担を世界一軽くするような努力も必要だろう。
すなわち、国民の中に「働けば働くほど幸せになれる」「一番貴重なのは自分(の労働力)という資産だ」「カネよりもヒトが大事」という価値観が実感を伴って普及するような政策が求められる。
■日本パッシングの今を逃してはいけない
市民レベルと政府レベルでのこれらの意識変換が経済成長にいかに有効かは歴史的にも実証済みだし、ここで述べた簡単な算数からも明らかだ。しかも、中国をはじめとする新興国の賃金上昇と日本の賃金の停滞、さらに昨今の円安によって、相対的に生産地としての日本の競争力は高くなっている。
問題は、こうした転換によって日本が経済成長を再開したら、またもアメリカに潰されないかという懸念である。
だが、現在のアメリカの経済安全保障上の最大の懸念は中国に移っている。大統領への影響力も強い新アメリカ安全保障センター(Center for a New American Security)などは、中国に過度に依存した貿易からの脱却を提言しているほどだ。
また、これまでの日本の長期停滞によって、アメリカには日本「パ」ッシング(日本への無関心)思考が蔓延している。そのため、今こそ経営の基本に戻って価値創造に邁進すれば、日本「バ」ッシング(日本叩き)につぶされることなく日本の産業は成長していける可能性は高い。
過去の日本の栄光と挫折の歴史を踏まえれば、日本パッシングの今こそ成長のチャンスだ。そのために、「価値創造の民主化」と「価値創造の国造り」という経営の基本が国民全体と政府関係者の両方に浸透する必要があろう。
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慶應義塾大学商学部准教授
1989年、佐賀県有田町生まれ。父の事業失敗のあおりを受け高校進学を断念、中卒で単身上京、陸上自衛隊、肉体労働等に従事した後、高卒認定試験(旧・大検)を経て、慶應義塾大学商学部を卒業。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程を修了し、東京大学史上初の博士(経営学)を授与される。大学在学中に医療用ITおよび経営学習ボードゲーム分野で起業、明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て現職。専門はビジネスモデル・イノベーション、オペレーションズ・マネジメント、経営科学。著書に『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)がある。
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(慶應義塾大学商学部准教授 岩尾 俊兵)
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