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結婚と出産は「高所得層の特権」になった…日本の少子化を深刻化させる「世帯年収600万円の壁」の分厚さ

プレジデントオンライン / 2023年5月26日 14時15分

筆者作成

■裕福でなければ子どもを産めない時代

貧乏子沢山という言葉があります。

確かに、出生率の国際比較においても、発展途上の低所得国ほど高いのですが、それは、医療インフラの未整備や栄養状態の問題によって乳幼児死亡率が高いことによります。いわば、たくさん産んでもたくさん死んでしまうという多産多死のステージにあるがゆえの事象です。

しかし、現代先進諸国においては反対で「経済的に裕福でなければ子どもを産めない」と言えるかもしれません。より正確に言うならば、「経済的に裕福とまではいかなくても、ある程度の基準以上の稼ぎがなければ、子どもを産むという動機以前に結婚ができないし、結婚したいという希望すら持てなくなる」のです。

それを如実に語る残酷なデータがあります。

厚労省の2021年「国民生活基礎調査」において、世帯別の所得階級分布を調査したものがありますが、その中から、高齢者世帯を除いた現役世帯総数の所得分布と児童のいる世帯(ここでいう児童とは18歳未婚の未婚者)の所得分布を比較したものが図表1です。

■立ちはだかる「世帯年収600万円の壁」

一目瞭然ですが、「児童のいる世帯」は世帯所得600万円以上がもっとも多く、約66%を占めます。うち1000万円以上の所得世帯も25%もあり、400万円未満の比率はわずか12%です。一方、現役世帯総数で見ると、600万円以上の世帯は半分に満たない48%に過ぎず、むしろ400万円未満の世帯合計比率は約3割にもなります。つまり、「児童のいる世帯」のほうが相対的に経済的に豊かな層が多いことになります。

公園を歩く、子連れの親子
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

もちろん、世帯所得600万円ですら決して余裕があるとは言えませんが、「児童のいる世帯」の所得中央値は718万円で、児童がいる世帯の半分が718万円以上の世帯所得があることになります。ちなみに、現役世帯総数のそれは591万円と600万円に達していません。

結婚には「個人年収300万円の壁」というものがありますが、子育てにも「世帯年収600万円の壁」というものがあるのでしょうか。逆に、世帯所得400万円に満たない世帯では、そもそも出産も結婚もかなり難しくなります。

よく婚活のネット記事などでは、結婚相手の男性の最低年収が500万円とかいわれますが、この実際のデータを見れば、仮に妻の自分がパートなどで200万円稼いで、やっと「児童のいる世帯」の中央値に達すると考えれば、希望としてはあながち無謀とは言えないのかもしれません。しかし、残念ながら、それが婚活の現場では、「限りなく不可能な現実」であることも確かです。

■子を産む以前に結婚自体を諦めてしまう

厚労省の2021年「第10回21世紀成年者縦断調査」(対象29~38歳独身男性)によれば、初婚のもっとも多い年齢帯である29~38歳独身男性の年収のボリュームゾーンは240万~300万円に過ぎず、480万円以上の年収はたったの6%しか存在しないからです。

とはいえ、「世帯所得600万円なら、夫婦300万円ずつでも達成可能ではないか」という指摘もあります。数字上は確かにそうでも、いざ出産・子育て期において、夫の一馬力にならざるを得ないケースも多々あります。子を産んだとたんに、所得が半減してしまうのではとても怖くて産めないという人もいることでしょう。

要するに、現在の日本においては、「児童のいる世帯」の中央値718万円とまではいわなくても、せめて600万円以上の世帯所得が、子を産むひとつの基準となります。多くの若い独身男性からすれば、「一体いつになったらその基準を自分は超えられるのだろう」と思ってしまうかもしれません。むしろ「今の仕事でそんな額になることはとても無理だから結婚なんて諦めよう」と思う人たちも出てきます。それが、現状の日本の婚姻減少「諦婚化」の土台にあります。

しかし、昔からそうだったわけではありません。同じく国民生活基礎調査の過去統計をひもとくと、ここ10年の間に大きく変化したことがわかります。

■現役世帯の3割が400万円に達していない現実

2000年から2021年の推移を見ると、「児童のいる世帯」の年収分布で急上昇しているのは、800万円以上の世帯で、ほぼ3%ずつ増えています。近年、所得上位層だけが子どもを産んでいるともいえるわけです。

【図表】児童のいる世帯の年収分布(2010~2021年推移)
筆者作成

しかし、これは、高所得層の人口が増えたからではありません。あくまで構成比であり、実数が増えているのではないからです。そもそも、「児童のいる世帯」そのものの絶対数は婚姻減もあり激減しています。ここから解釈できるのは、「高所得層が結婚して子どもを産んでいる」のではなく、「ただでさえ少ない高所得層しか結婚も子育てもできなくなった」とみるべきでしょう。

図表1のデータに戻りますが、そもそも子の有無にかかわらず、日本の現役世帯の全体の3割が400万円に達しないというのはどうなんでしょう。これは、年金だけが所得である高齢者世帯は除いた数字です。日本全体が貧乏となっているということではないでしょうか。

何度もこの連載でも書いていることですが、そもそも日本の少子化は、結婚した夫婦の子どもの数が少ないせいではありません。結婚した夫婦の一組当たりの産む子どもの数はざっくり約2人であり、1980年代と比べても遜色はないのです。

■少子化は「もうひとり産む」では解決しない

少子化の解決には、今結婚している夫婦に「もうひとりプラスで1人産んでもらえば解決する」などという鉛筆なめなめの論説を展開する御仁もいるのですが、論外です。そもそも女性の初婚年齢自体が上がっており、晩産化が起きている中で、どうしても出産年齢の問題があります。ベビーブーム期のように20代前半で第1子を産んだ時とは時代が違います。

少子化は、婚姻数の減少であり、生涯無子率上昇の要因の大部分が未婚率の上昇によってもたらされていることからも明らかです(〈男性の2人に1人は子を持たずに生涯を終える…岸田首相は「まもなく日本を襲う過酷な現実」が見えていない〉参照)。

そして、その婚姻減少とは、若者が若者のうちに結婚できない問題でもあります。人口動態調査より、対未婚人口初婚率というものがあります。未婚人口のうちどれくらいが結婚するのかを見る指標です。人口千対のその数字の25~29歳と30~34歳の男性の累積値をみると、1990年と2020年とを比べれば、半減していることがわかります。

この減少と児童のいる世帯数の減少とは、当たり前ですが完全に一致するほどの強い相関があります。婚姻が減る分だけ子どもの数が減るのです。

朝の公園で子供とサッカーをする父親
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

■対策に躍起になる政府に絶望的に欠落しているもの

もうひとつのグラフは、初婚率の推移と児童のいる世帯の平均年収推移とを合わせたものです(図表3)。こちらは負の相関で、初婚率が下がれば下がるほど、児童のいる世帯の平均世帯年収はあがっています。つまり、ある程度の基準の年収に達しない層が結婚できていないことを意味します。

【図表】対未婚人口初婚率(25~34歳男性累積値)との相関
筆者作成

「結婚と年収とは関係ない」などという人がいます。もちろん、そういう人もいるでしょう。しかし、統計をマクロで見れば、若者の経済環境が改善しないまま何十年も放置したせいで、結婚も出産も「一部の経済的に恵まれた層だけができるものと化していったことは否定できません。

本記事では、所得というものだけを取りあげましたが、仮に額面の所得があがっても、それを上回る物価高の現状では実質賃金は減っているも同然です。しかも、税や社会保障費といった非消費支出が、じわじわと何十年もかけてステルス値上げされており、可処分所得で見ればかえってマイナスとなっている人も多いことでしょう。

年明けから政府がぶちあげた「異次元の少子化対策」は、基本的に「子育て支援」一辺倒である点が問題だと思います。子育て支援を否定するものではないですが、出生数の増加を本気で考えるのであれば、今結婚している夫婦よりも、30年間で半減してしまった初婚の増加に目を向けるべきです。その観点が絶望的に欠落しています。

そして、それは婚活支援やマッチングアプリなどではなく、そもそもの若者の経済的基盤の安定と将来に対する安心を提供することです。

■若者の半数が希望を失ったのはだれのせいか

今、若者には、未来に対する希望が失われています。

内閣府が全国の13歳~29歳までの男女を対象として実施した2018年「子供・若者の意識に関する調査」の中に「自分が40歳になったときどのようになっているか」という質問があります。その中で、「出世」と「お金」に関する結果に注目しました。

40歳になった時「出世しているだろう」と予測しているのはわずか38%。「お金持ちになっているだろう」と予測しているのは35%にすぎません。10代から20代というまだまだ可能性を秘めている若者自身が、もはや自分の将来に出世も経済的裕福さも望めないと6割以上が思わざるを得ない社会とは一体なんなのでしょう。

子ども家庭庁の理念には「常にこどもの最善の利益を第一に考え、こどもに関する取組・政策を我が国社会の真ん中に据えていく。結婚・妊娠・出産・子育てに夢や希望を感じられる社会を目指し……」などという言葉が並べ立てられてはいますが、そもそも子どもや若者自身が自分たちの未来に何の夢や希望も信じられない「今」を作ったのは誰なのか、大人たちは胸に手を当てて考えてみる必要があるのではないでしょうか。

米国大統領フランクリン・ルーズベルトは、「若者のために未来を創れるとは限らない。だが、未来のために若者を創ることはできる」という名言を遺しています。それをもじっていうのであれば、

「若者のために、大人はその未来を創れとまではいわない。が、せめて、大人たちよ。未来を作る若者たちの邪魔をしないでくれ」

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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)

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